《輪廻の剣、ワルキューレ・スヴァーヴァカーラ》
ここは本編とは異なる時空。
薄暗い灯りで照らされた円卓――
席の一つに、人ひとりが映るほどの姿見がある。
鏡の中に現れたのは「この世には存在しない」少女。
ビスクドールのような人形じみた美しい肌をした、ゴシックドレス姿の黒髪の少女――彼女こそが「闇」の決闘者集団の首魁なのだ。
超・幻想機関「堕ちたる創作論」――
「高天原の犯罪」部門・統括
”クイーン・オブ・ハート”
通称:ハートと呼ばれる少女は、黒い口紅を引いた口元をニヤリと歪めた。
「きひひ、今回の『デュエリストしかいない乙女ゲームの悪役令嬢に転生してしまったのだけれど「カードゲームではよくあること」よね!?』は本編とは異なる番外編。第Ⅱ章で活躍したカードを紹介していく『プレミアムカードの殿堂』のコーナーよぉ。さぁーて、はりきっていこうねぇ」
得意満面の笑みを浮かべるハートの言葉に、青年が口を挟む。
「おや。今回はあなたがカードを紹介するのですか?」
「なんだよ。テメェ、なんか文句あるのか?」
超・幻想機関「堕ちたる創作論」――
「ホフマン物語」部門・統括補佐 A 級エージェント
”ドロッセルマイヤー”
仮面の青年は「劇昂しないでください」と肩をすくめた。
「恒例のパターンでしたら、今回は決闘の主役となったユーア・ランドスターや、彼女と戦ったリーシャさんが紹介するものなのかと」
「ちっ。もしかして、水着姿の女どもが目当てだったのか? きひひ、残念だったなァ、むっつりスケベ野郎。今回のプレ殿は私が乗っ取ることにしたわよ」
「なるほど。……残念ですね」
「あァんだって?」
「何でもありません。では、お手並みを拝見しましょう」
ドロッセルマイヤーは、その場にいるもう二人の人影に目をやった。
「いかにも! いかにも!」とはやし立てるのは、脳みそを持たないかかし――スケアクロウであり、「俺様……いや、俺は構わない。取り舵は任せた」と同調して帽子を目深に被るのはキャプテン・フック。
いずれも「堕ちたる創作論」の各部門を任された統括、あるいは統括代行のエージェントである。
三人が頷いたことで、ハートは手元に一枚のカードを出現させた。
「光の炎をまとい舞い降りる剣――水舞台を彩る生足魅惑の人魚姫――激突する二大美少女テーマ! 戦場の女神とはこのことだわね。まったく、紹介カードを選ぶにも骨を折ったわよ……まぁ、とりあえずイラストと名前がビビッときたのを選ぶことにしたわ。そういうわけで、最も絢爛華麗なカードはこれだッ!」
ハートは手にしたカードを指先でひっくり返す。
今回、殿堂入りとして紹介されるカードの名は――
「グレーター・スピリット、
《輪廻の剣、ワルキューレ・スヴァーヴァカーラ》!」
《輪廻の剣、ワルキューレ・スヴァーヴァカーラ》
種別:グレーター・スピリット
エレメント:光
タイプ:ワルキューレ
BP2500
効果:
【転生召喚】(自分フィールド上のワルキューレが戦闘で相手スピリットを破壊時)
このスピリットから【転生召喚】したワルキューレのBPを500アップする。
【転生召喚】時に手札に戻したワルキューレのBP変動状態を引き継ぐ。
手札のワルキューレは《輪廻の剣、ワルキューレ・スヴァーヴァカーラ》の効果を得る。
「【転生召喚】……って、なんだっけこれ?」
「条件を満たしたときにフィールドのスピリットを手札に戻すことで、インタラプト扱いで召喚をできる効果の総称です」と、ドロッセルマイヤー。
「そうそう、そんな効果だったわね。私、こういうカードゲームの効果とかってあんま覚える気になれないんだよな。何言ってんのかわかんなくてさぁぁぁ」
「スヴァーヴァカーラの場合、ワルキューレが戦闘でスピリットを倒したときに、そのワルキューレと入れ替える形で手札から召喚できるわけです。舞台をそのままにして役者を交代する、といった効果ですね」
「ふーん、妙に詳しいわね、あんた」
「私のデッキも【転生召喚】を軸にしたデッキですので」
「いかにも! いかにも!」とスケアクロウが囃し立てる。
ハートは「お前のデッキねぇ」と興味の目を向けた。
がははは、とキャプテン・フックが鷹揚に笑う。
「ドロッセルマイヤー――そこの口数が多いひょろモヤシのデッキなら、次回の第Ⅲ章で明らかになるらしいぞ。せいぜい瞬殺されないように注意することだ。拍子抜けでどっちらけの最終回を打ち切り同然に迎えるのでは、俺の方も張り合いが無い。あまりにも『芸が無い』というもの」
キャプテン・フックの売り言葉を買うようにドロッセルマイヤーは言う。
「言うに事欠いて、この私を相手に『芸が無い』とはな。口数が多いのは貴様の方じゃないのか……?」
「気分を損ねたのなら、失敬! 俺も脳無し小僧が伝染ったようだわい。言葉というのは相手を見て使わなくては」
「いかにも! いかにも!」
男たちが剣呑な雰囲気でいる中で、ハート「あれ?」と呟いた。
「【転生召喚】ってあくまで召喚の機会を得るだけよね。グレーター・スピリットの召喚には本来はフィールドのスピリットをコストとして墓地に送らなきゃいけない――ってことは、本来はこいつを【転生召喚】する場合は手札に戻すワルキューレとは別にフィールドにコスト用のスピリットがいないといけないってこと?」
ドロッセルマイヤーは頷いた。
「その通りです。本編ではリーシャさんの幻想スピリットであるモック・タートルが展開した領域効果によって互いのスピリットの召喚コストが軽減されていたために、事実上の無限回攻撃を可能としていましたが……本来はそうはいきません」
「なんだよ、全然強くねーじゃんコイツ! リーシャのカードとたまたま相性が良かっただけってことかよ」
「とはいえ、ユーアのエース・スピリットであるランドグリーズは『手札から召喚コストを墓地に送る』代用効果を持っています。その点を考えれば、ワルキューレ同士での通常運用もそこまで要求値が高いとは言えませんよ」
それに――と、ドロッセルマイヤーが続ける。
「相手のカードを利用した戦術――言うなれば、見目麗しい美少女同士が真に心を通わせたことにより生まれた友情コンボ、とも表現できます。劇的ですね」
「テメェ、何言ってんだ?」
「友情コンボ。対戦相手のカードを利用することでコンボを成立させることです。以前にもウルカ・メサイアがアスマ・ディ・レオンヒートの領域効果を利用した無限ドローコンボを成功させた例がありました」
「いや、そうじゃなくて。そのちょっと前だよ」
「見目麗しい美少女同士が真に心を通わせたことにより生まれた――」
ハートは鏡の中で叫んだ。
「それだよ! なんだよ、お前、そういう趣味だったのか!?」
「そういう趣味、とは?
美少女は誰でも好きだと思いますが……」
「いかにも! いかにも!」
「がははは、違えねえ!」
「な、何よ……私がアウェーみたいになってんじゃねえか」
はっ、とハートはドレス姿の自分を見下ろした。
「まさか……おい、ドロッセルマイヤー! テメェ、まさか私のこともそんな目で見てたんじゃねーだろーなァ!」
ドロッセルマイヤーは「ふむ」と思案した。
「……大丈夫です」
「あァ?」
「ご安心ください。確かに今回は水着回ですし、どうせならウルカのスピリットであるシオンや……ユーアの友人である報道部のジョセフィーヌ――本編で見れなかった彼女たちの水着姿を鑑賞することで、目の保養にしたい気持ちはありました。なにせ彼女たち二人は「学園」でもトップクラスの胸力(戦力)の持ち主ですからね(ウルカ・メサイアを除く)。夏休みで帰省中のジョセフィーヌはともかく、シオンならいくらでも出番を作れたはずなのに水着姿が無いのは作劇上の怠慢と言わざるを得ません訴訟も辞さない」
「急に早口になるんじゃねぇよキモいなコイツ」
「――まぁ。いくら番外編でもあなたに水着姿を強要するつもりはありませんので」
「そ、そうかよ……(よかった)」
ほっ、と胸に手を当てたところでハートは気づく。
――ん?
「それって……私にはオンナとしての魅力がねぇっつってんのか? そ、そういう意味じゃねーよな!?」
鏡の中に映るハートの容姿――
まさに人形のような作られた「美」の体現。
コルセット型の決闘礼装で胴を締めていて。
触れれば折れそうなほどの華奢な手足。
どこに出しても恥ずかしくないはずの私……!
――いや、待てよ。
「ドロッセルマイヤー。お前、さっきウルカだのシオンだのジョセフィーヌだのって言ってたわよね。それって……ある意味ではわかりやすいけどさぁぁぁ。テメェの視線ってば、オンナの胸にしかいってねえのかよ!? 令和では許されねえ価値観だぞ、そいつ……!」
「ふむ。否定は、出来ませんね」
「いかにも! いかにも!」とスケアクロウ。
くそっ、納得できない。つーかよぉ。
「だいたい、体型だけで言えばユーアやエルだって私と変わんねーだろ!」
「待ってください。あなたは私を誤解していますよ。
体型だけで女性を判断しているわけではありません。
それに、ユーアやエルは……」
ドロッセルマイヤーはふっと口元を緩める。
「彼女たちは……可憐です」
ブチッ、と血管が切れる音がする。
ハートは「はぁぁぁぁっ!?」と叫んだ。
「私が可憐じゃねえだと? テメェ、待ってろ! 今すぐ水着を用意して、私がどれだけ可憐で完璧な美少女なのか思い知らせてやっからなぁぁぁ!」
「いかにも! いかにも!」
スケアクロウが囃し立てる中、鏡の中でハートは衣装箱をひっくり返し始めた。
その様子を見ながら、ドロッセルマイヤーは言う。
「敵組織のドタバタも、カードゲームではよくあること、ですね?」
「お前はどこの立場なのだ?」とキャプテン・フック。
(次回からは本編に戻ります!)