舞い降りる光の剣
――リーシャ先輩の光を、私は受け継ぐ。
「先輩の闇を晴らしてみせます――だって、私」
墓地から四枚のカードを手に取る。
「こう見えても、『光の巫女』……らしいんです！」
《移り気なリョースアールヴ》、
《聖輝士団の一番槍》、
そして二枚の《聖焔城壁》！
全てのカードを除外して、どこかしらにあるゾーンへと送る。
これはムーメルティアに謳われる神話の再現だ。
最高大神の愛娘たるワルキューレは、戦いの果てに眠る勇敢なる死者の魂を解放する。
九界大樹の頂点、至天の頂に属するヴァルホル。
戦死者の館に招かれた英霊の魂はランドグリーズの力となるのだ！
「召喚時発動効果を発動します！ 召喚成功時に、墓地から除外したスピリットの数の５００倍だけランドグリーズはパワーアップ！」
５００×４＝BP２０００UP！↓
後攻：ユーア・ランドスター
【シールド破壊状態】
メインサークル：
《戦慄のワルキューレ騎士、ランドグリーズ》
ＢＰ２０００（＋２０００UP！）＝４０００
リーシャ先輩は、切れ長の瞳を薄く歪めた。
「BP４０００だと……！？
これが、ユーア君の本気か」
「バトルです！」
聖剣を振るう戦乙女は、その標的をサイドサークルに定めた。
まずは戦力を削ります！
「《戦慄のワルキューレ騎士、ランドグリーズ》でデンドロビウムを攻撃！ 英断のタクティカル・スラッシュ！」
狙うは華々しく大輪を誇る千両役者。
リーシャ先輩の用意した特別なレアカードだ。
先攻：リーシャ・ダンポート
サイドサークル・アリステロス：
《水舞台の大輪、デンドロビウム》
ＢＰ３５００
そのBPは脅威の３５００、なれど――
当方の戦力は驚異の４０００にまでアップしている！
戦乙女の一閃は人魚姫を両断した。
「くっ……！」
「リーシャ先輩の舞台からデンドロビウムが退場したことにより、フィールドの水属性エンシェント・スピリット全てのBPを得る幻想スピリット――モック・タートルのBPは３５００ポイントダウンします！」
鏡の中に映る闇の心を得たリーシャ先輩――
そのドレスから長生蘭を表す紫色の花弁が散っていった。
戦力を失ったリーシャ先輩は、それでも闘志を失わない。
「否、しかし、それでもだ――」
先攻：リーシャ・ダンポート
メインサークル：
《「主演の化身」Mock turtle》
ＢＰ１１１１（＋２９５０UP！）
＝４０６１
サイドサークル・デクシア：
《水舞台の百花、サイサリス》
ＢＰ２９５０
領域効果：
[水平思考宮殿シャドウストーリーズ・ウォーターパレス]
後攻：ユーア・ランドスター
【シールド破壊状態】
メインサークル：
《戦慄のワルキューレ騎士、ランドグリーズ》
ＢＰ２０００（＋２０００UP！）＝４０００
サイドサークル・アリステロス：
《水舞台の花影、ガーベラ》
ＢＰ２７５０
「我が創作化身のＢＰは４０６１！ 助演を務めるサイサリスのＢＰも２９５０を誇っている。ユーア君の場で攻撃可能なスピリットはＢＰ２７５０のガーベラだけ――このターン、これ以上の攻め手は無いと見たッ！」
「それは……どーでしょーかっ！」
私は先ほどフォーチュン・ドローで手札に加えたカードを公開する。
これこそが闇に打ち勝つ光の剣！
「《輪廻の剣、ワルキューレ・スヴァーヴァカーラ》の特殊効果を発動です！」
「ユーア君の新たなワルキューレ……！ ドロッセルマイヤー君の用意したデータには無かったスピリットだ……！」
スヴァーヴァとカーラ。
このカードのイラストに描かれた二人の乙女は、それぞれが別々の身体を有しており、別々の人生を送った者だ。
姿も顔形も違う、一見してまったくの別人。
けれども、内に宿す魂は同一なのだ。
その魂は輪廻転生して、新たな人生を生きる――
ウルカ様のように、あるいはリーシャ先輩のように。
「……私、昔はウルカ様のことが嫌いでした。なんで私に絡むんだろう。この人さえいなければ、きっと、もっと学校だってマシに過ごせたのにって」
私がそう言うと、リーシャ先輩はくすりと笑う。
「あはは。ユーア君の唐突な惚気にも慣れてきたよ」
「のろけ、ですか？」
「今は、彼女が好きなんだろう？」
「……はいっ！」
私は力いっぱいに頷く。
脳裏に浮かぶ大切な人の顔。
その人に、嫌われたくない自分でいたい。
だから決めないと。彼女の横で恥じない自分でいるために。
「私はこれから、リーシャ先輩の夢を奪います」
「…………っ！」
「言い訳はしません。恨んだっていいです。もう、先輩は大好きな水泳をすることができないかもしれない。それでも私は、リーシャ先輩を、これ以上「闇」の手先になんてしておきたくない。きっと――私がウルカ様だって、そうするから」
リーシャ先輩は、以前の人生とは違う生き方をしたらしい。
だからこれは願いだ。自分勝手な祈りだけど――
彼女の誇りある魂に相応しい、
新しい生き方を選んでほしい。
「【転生召喚】！ タイプ：ワルキューレのスピリットが戦闘で相手スピリットを破壊したとき、そのスピリットを手札に戻すことでスヴァーヴァカーラを召喚する権利を得ます！」
「追加召喚効果か……！」
「グレーター・スピリットであるスヴァーヴァカーラのシフトアップ召喚には、本来はコストとなるスピリットが必要ですが――」
[水平思考宮殿シャドウストーリーズ・ウォーターパレス]の領域効果により――
「私はこのターン、コスト無しでシフトアップ召喚が可能です！」
私は唱える。いと気高き戦乙女の降臨を。
獰猛なるヘルギの番よ――
双克なる螺旋を描いて、輪廻の実証を果たす魂よ。
最高大神の名の元に、別離の定めたる呪いを解こう。
切り開け、運命を！
《輪廻の剣、ワルキューレ・スヴァーヴァカーラ》！
やがて――光の剣が舞い降りる。
極光の輝きに包まれた戦乙女が戦場を見下ろした。
身にまとうはエインヘリヤルの加護。
そう――ランドグリーズが得ていた力と同じ！
「【転生召喚】したスヴァーヴァ・カーラは、手札に戻したワルキューレが得ていたバフ効果を受け継ぎます。よって、そのＢＰは２０００ポイントアップする！」
「な、なんだって！？
スヴァーヴァカーラのＢＰは２５００。つまり……！」
先攻：リーシャ・ダンポート
メインサークル：
《「主演の化身」Mock turtle》
ＢＰ１１１１（＋２９５０UP！）
＝４０６１
サイドサークル・デクシア：
《水舞台の百花、サイサリス》
ＢＰ２９５０
領域効果：
[水平思考宮殿シャドウストーリーズ・ウォーターパレス]
後攻：ユーア・ランドスター
【シールド破壊状態】
メインサークル：
《輪廻の剣、ワルキューレ・スヴァーヴァカーラ》
ＢＰ２５００（＋２０００UP！）＝４５００
サイドサークル・アリステロス：
《水舞台の花影、ガーベラ》
ＢＰ２７５０
「ＢＰ４５００ぅ！？
モック・タートルのＢＰを上回っただと！？」
「リーシャ先輩のサイドサークルを守るサイサリスは、破壊されたときにインタラプト・スペルをサーチする効果を持つ強力なスピリットです。ですが、今のスヴァーヴァカーラならサイサリスを無視して、本体であるモック・タートルを倒せます！」
スヴァーヴァカーラは光り輝く聖剣を構えた。
「バトルです！ メインサークルのモック・タートルを攻撃！」
「やらせはせん、やらせはせんぞっ！ 手札から水のエレメントを持つエンシェント・スピリットを墓地に送ることで、モック・タートルを墓地から蘇生する！」
「ですが、切っ先は受けてもらいます！」
亀の甲羅を貫いて、鏡に深々と突き刺さる剣。
いくら復活しようと、既に戦闘は成立して勝利している――
故にプレイヤーを守るシールドは破壊できる！
スヴァーヴァカーラの剣は鏡を貫通して、リーシャ先輩の決闘礼装――亀甲型決闘礼装リトル・ブレイバーのライフコアを守るシールドを破壊した！
「くぅぅ……！ だが、これで」
リーシャ先輩は余裕を取り戻す。
そう、彼女の切り札は未だ健在である。
モック・タートルの中で闇のリーシャ先輩が微笑む。
「今度こそ、ユーア君の攻め手は尽きた……！」
「それが、そうでもないんですっ！」
私はスヴァーヴァカーラの真の能力を説明する。
「《輪廻の剣、ワルキューレ・スヴァーヴァカーラ》のもう一つの効果――このスピリットがメインサークルにいるかぎり、手札にあるワルキューレ・スピリットはこのカードと同じ効果を得ます！」
「え……ちょっと待って、それってつまり」
「私の手札にあるランドグリーズはフィールドにいるスヴァーヴァカーラと同じ効果を持っています。ワルキューレがバトルで相手スピリットを破壊したとき、スヴァーヴァ・カーラを手札に戻すことで――ランドグリーズを【転生召喚】です！」
「転生を、繰り返すのか――！？」
「ムーメルティアの神話において語られるスヴァーヴァの転生は一度ではありません。そのたびに伴侶たる男性ヘルギと愛し合い、何度も別れる宿命にあると――お兄様はそう言っていました！」
終わりなき悲劇の輪廻――
しかし大神オウデンはその運命に終わりを与えた。
呪いを解かれたスヴァーヴァカーラは、
宿命を切り開くべく『光の巫女』に授けられた剣となっている！
「スヴァーヴァカーラ第三の効果！ このスピリットから【転生召喚】したワルキューレ・スピリットのＢＰは５００ポイントアップします。加えて、元から得ていたランドグリーズの修正値２０００を加えて――！」
「くっ、ランドグリーズのＢＰは……４５００っ！」
そう、これでモック・タートルのＢＰを上回る！
先攻：リーシャ・ダンポート
【シールド破壊状態】
メインサークル：
《「主演の化身」Mock turtle》
ＢＰ１１１１（＋２９５０UP！）
＝４０６１
サイドサークル・デクシア：
《水舞台の百花、サイサリス》
ＢＰ２９５０
領域効果：
[水平思考宮殿シャドウストーリーズ・ウォーターパレス]
後攻：ユーア・ランドスター
【シールド破壊状態】
メインサークル：
《戦慄のワルキューレ騎士、ランドグリーズ》
ＢＰ２０００（＋２５００UP！）＝４５００
サイドサークル・アリステロス：
《水舞台の花影、ガーベラ》
ＢＰ２７５０
決着の刻だ。
「何度だって繰り返すスヴァーヴァの転生――それでも、本来なら【転生召喚】は大きなリスクを伴う戦術です。私が使うワルキューレはいずれも召喚にコストを必要とするグレーター・スピリットだから。でも……」
「あはは。私の領域効果によってこのターン、ユーア君はシフトアップ召喚に必要なコストが不要となっているわけか。これも宿命か。私にも、刻が見える……」
敗北を悟ったリーシャ先輩。
彼女からは覇気が失われている。
「（……先輩）」
ランドグリーズがリーシャ先輩に剣を向けた。
亜麻色の髪をした戦乙女は無言で私の号令を待つ。
そうだ、私が命じないといけない。
私が――リーシャ先輩の夢を奪わないといけないんだ。
「お願い、ランドグリーズ。
メインサークルの……モック・タートルを攻撃」
英断のタクティカル・スラッシュ――
相棒であるワルキューレの剣により、鏡は横にひび割れた。
連動してライフコアも砕け散る。
周囲から「闇」のオーラが消え失せていった……。
『堕ちたる創作論』
我天心酔の最終回――閉幕
メインシナリオ、継続
出典：ルイス・キャロル『不思議の国のアリス』
勝者：ユーア・ランドスター
敗者：リーシャ・ダンポート
リーシャ先輩の片目を覆っていた亀の甲羅の眼帯が消える。
競泳水着姿の先輩は「痛っ……」と呟いてかがみこんだ。
「（そうだ、足！）」
リーシャ先輩は「闇」のエレメントによる身体強化で足のケガを補っていたんだった。それが消えた今、彼女の身体は……！
「リーシャ先輩っ！」
私は思わずリーシャ先輩に駆け寄った。
「先輩、先輩、大丈夫ですか！？」
「あはは……なに、ちょっと思い出しただけさ。これまで感じてた痛みをね。いっとき……忘れることが出来ていただけ。悪い夢だよ、まったく」
「……っ！」
「闇」のエレメントが消失したことにより、周囲の風景はいつの間にか「学園」の屋内プールに戻っている。
プールサイドにいる私たちに、ウルカ様とエルちゃんが駆け寄って来た。
「ユーアちゃん！ その人って……」
「ユーユー、そいつ、わるものっ！」
二人とも私を心配してくれてたのがわかる。
だから、ウルカ様たちを安心させるために笑顔を作った。
「もう大丈夫です。「闇」のスピリットは倒しましたから」
リーシャ先輩の手にしていたカードが、炭のように黒化して崩れ去った。
そうだ、これで先輩を「闇」から助けることができた。
でも――本当に助けたとは言えないかもしれない。
リーシャ先輩が選手生命を取り戻すには「闇」の勢力の手先になるしかなかった。
たとえ心を歪められていたとしても、その願いは本物だったはずだ。
我天心酔の最終回。
人は誰だって、自分の人生の主人公なのだから。
「（リーシャ先輩の物語では、私はお邪魔虫の敵キャラ……）」
うつむく私――
水に濡れた前髪を、やさしく整えるしなやかな指先。
「えっ……」
「なんて顔をしているんだい？
せっかくの愛らしい瞳が台無しだよ」
リーシャ先輩はまっすぐな瞳で私を見据えていた。
真剣な目――でも、そこに刺々しさは無い。
「ずっと悪い夢を見ていたんだ、私は。それを覚ましてくれたのはユーア君、君のおかげなんだよ。あはは、よく下級生の子たちには『王子様』なんて言われてたけど……よもや、この私がお姫様のキスで目覚めることになるとはね？」
茶目っ気のある仕草でリーシャ先輩はウィンクする。
このプールに来る前に初めて会ったときの様子と同じだ。
「リーシャ先輩……私を、怒らないんですか？」
「あはは。まったく、君は底抜けのお人好しだね！」
「そ、そんな……ことは無いです。買いかぶりです。
私、たくさんズルいことも考えてます」
今だって、先輩に怒られなくて良かったって――
嫌われてないみたいで良かった、なんて思ってるし。
「買いかぶり、か。ユーア君こそ――」
リーシャ先輩は足を庇いながら立ち上がった。
その立ち姿は、凛として恰好いい……。
「私が「闇」の力で選手に復帰したら、いずれはきっと後悔すると言っていたね。買いかぶりさ。私はユーア君が思うような立派な人間ではないよ。ああ、でも――」
「でも？」
リーシャ先輩が口ごもったので、私は続きを促した。
そこに「ユ、ユーユー？」とエルちゃんが声をかけてくる。
「エルちゃん？」
振り向くと、エルちゃんは顔を真っ赤にしていた。
隣ではウルカ様がニコニコと微笑んでいる。
「ど、どうしたんです？」
エルちゃんは震える声を絞り出した。
「さっき、さっき……おひめさまのキス、って言ってたけど……ユーユー、リーリーと「やみ」の空間で何をしてたのっ！？」
「あっ……！」
いや、それはリーシャ先輩なりのジョークというか、
詩的な表現といいますかっ！
「誤解です、エルちゃん！
私たちは決闘してただけですよっ！」
「ボクたち、ずっとユーユーのことしんぱいしんぱいしてたのに……ひどいひどいっ！ 目をはなしたらすぐ”ちちくり”してるーっ！」
うー、と威嚇するエルちゃんの火にウルカ様が油を注いだ。
「うふふ。仕方ないわよ、エルちゃん。ユーアちゃんは一級フラグ建築士だって巷では評判なんだから」
「そ、そうなの、そうなのっ！？」
「違いますーっ！ そんな評判はありません！ 悪質なフェイクニュースです！」
あ、そういえば。
「ウルカ様、私って乙女ゲームの主人公なんですか！？ さっき、リーシャ先輩から聞いたんですが！」
「あら。そこまで聞いちゃったのねぇ……」
ウルカ様、知ってて黙ってたんだ！
きっとイサマルさんもグルになってるはず。
こうなったら全部説明してもらわないと！
「そうね……確かにユーアちゃんは乙女ゲームの主人公よ」
「やっぱり！」
エルちゃんが頭に「？」マークを浮かべてたずねる。
「ねぇねぇウルウル、”おとめゲーム”ってなになに？」
ええと、ね――と腕を組み、ウルカ様が思案する。
「主人公の女の子が攻略対象のキャラクターにアプローチをかけて、恋愛関係に持ちこもうと頑張るゲームのことよ」
「”ちちくり”ーーーーっ！ ”いんこう”確定っ！」
「誤解ですーーーっっっ！
ただの決闘ぅーーー！」
エルちゃんを必死になだめる私の肩に、手が置かれた。
振り向くと、リーシャ先輩が目を閉じている。
「飛び出していけ、宇宙の彼方……か」
「先輩？」
リーシャ先輩はふっと息を漏らして、ニコリと笑う。
そして、一歩を踏み出した。
「さっき言いかけた話だけどね。私はユーア君の思うような善人ではないのだが――それでも他ならぬユーア君に好かれるためなら、そういう人間になってみるのもいいかもしれないとも思ったわけさ」
あはは、とリーシャ先輩は髪をかき上げた。
「攻略対象に立候補するためなら、それぐらいは当然だろう？」
リーシャ先輩の放った言葉に――
私とウルカ様とエルちゃんは、三者三様に口を開いた。
「攻略対象！？」
「立候補ですって！？」
「それってそれって”おとめゲーム”！？」
あれ、でも。
乙女ゲームって、たしかイケメンとイチャコラするゲームだったような。
「リーシャ先輩はこの上なくイケメンですがッ……！」
「あはは。こっちとしては全然アリだよ？」
「か、からかってる……んですよね！？」
「それはどうだろうね？」
イタズラっぽく微笑むリーシャ先輩。
掴みどころのない深い青の瞳。
深海に潜るが如く――私の頭上には『霞石のコイン』が浮かんでいた。
あの白亜の宮殿で、何度もそうしたように。
思わず、私は水平思考の問いを投げる。
「で、では……『質問』ですっ！」
まずは――【お友達からでもOKですか！？】と。
Episode.Ⅱ『［水平思考宮殿シャドウストーリーズ・ウォーターパレス］』End
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「ホフマン物語」部門 統括
”ハイマトカーレ” 登場
