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鏡の中に君のクイズの答えを探して

☆☆☆


「これが、ユーア君の水平思考クイズ……!?」


リーシャの目は驚きの色に染まった。

泳ぐことができず、水を恐れていたはずのユーア・ランドスターが水球に飛び込んだこと――それ以上に、彼女が水人形を生成して出題したクイズの内容に衝撃を受けた。



・第四問

----------------------------------

先輩は、なぜ私に水泳を教えてくれたのか?

----------------------------------



()()()()()()()()()()()()


「(私がユーア君に水泳を教えた理由、それは既に彼女に話している。そうだ、全てはこの決闘デュエルで彼女を始末するための布石……!)」


[水平思考宮殿シャドウストーリーズ・ウォーターパレス]――

リーシャの得意とする「水平思考クイズ」を軸にしたこの領域の性能を発揮するためには、互いのプレイヤーがどちらも「水平思考クイズ」のルールに習熟している必要があった。


彼女に水泳を教えた理由は、実にシンプル。


「(ユーア君の信頼を得て、彼女に近づき……さりげない形で「水平思考クイズ」を仕掛けて、ゲームに慣れさせるため。決闘デュエルが始まった時点で早々に明かしたはずだろう!?)」


この娘は何を考えているのか。


リーシャが疑心暗鬼に陥っているあいだに――

ユーアは対岸の亀の甲羅を模した足場に着地した。


着地の姿勢は鮮やかとは言い難い。

それもそのはずだ、彼女に教えた水泳は初歩の初歩に過ぎないのだから。


とっとっと、と足をふらつかせるユーアの様子を見て、思わずリーシャは声をかける。


「ユーア君!? 君、大丈夫なのか」


「へーきですっ!

 ちょっと、水を飲んじゃいましたけど!」


「そうか……」


「さぁ、クイズの時間です。

 リーシャ先輩、『質問』か『回答』をどうぞ!」


スクール水着姿のユーアは自信満々に胸を張った。

ユーアは「水平思考クイズ」についても素人同然のはずなのに。


あんな問題を出しておいて、どういうつもりだ……!?



☆☆☆



「…………ははは」


難しい顔をしていたリーシャ先輩は、突然笑い出した。


「リーシャ先輩?」


「ふっ。それで駆け引きのつもりかい? カードと運命力に愛されたユーア君の決闘デュエルタクティクスは大したものだと認めようじゃあないか。しかし、ことクイズとなると……君の愛らしい素直さは裏目に出るね。そのような稚拙な戦術は「水平思考クイズ」に慣れ親しんだ私には通用しないよ!」


「ちせつ……!?」


「あえて言おう、カスであると!」


リーシャ先輩はコインを消費して『質問』をおこなう。


「【問題文にある「先輩」とはこの私、リーシャ・ダンポートのことを指す】!」


「…………ッ!」


「【YES】で答えられるかい? 答えはNOさ!」


リーシャ先輩は優美な仕草で髪の毛をかき上げた。



「単純な叙述トリックだよ。ユーア君は以前に私以外の年長者に水泳を教えてもらったことがあった……そこで、その人物を「先輩」と呼ぶことで問題文にある「先輩」を私だと誤認させようとした……そんなところだろう? ははは、違うというのなら【YES】と「答えは【YES】です「そうそう【YES】と……え?「【YES】です。これでリーシャ先輩の持つコインは残り4枚ですね♪「オイィィィ!!! 待て待て待てぇーーーっ!?」



リーシャ先輩の前に浮かぶ亀の甲羅を模したコイン――

『霞石のコイン』が一つ消費された。


水球の中で泳ぐ「先輩」の人形は、より輪郭をはっきり変化させる。

その整った顔立ちもすらりと伸びた長い手足も、人魚のように美しい均整の取れたプロポーションも、リーシャ・ダンポートその人へと変わっていく。


「どういう、ことだ?」


よし。作戦は上手くいってるみたいだ!

私は手のひらを握って小さくガッツポーズする。


「リーシャ先輩、次の『質問』をどうぞ!」


「くっ……。まさか、何のトリックも仕掛けていないだと……? いいや、どこかに仕掛けはあるはずだ。単純なユーア君の頭でも思いつくような、それこそシンプルきわまりない発想の何かが……!」


「た、単純……(泣)」


リーシャ先輩は「なるほどな」と呟く。


「……そうか、わかったぞ! 『質問』だ。

 【この問題文は架空の物語である】!」


リーシャ先輩はこの問題文をこう解釈したようだ↓

「登場人物はリーシャ・ダンポートとユーア・ランドスターだが、実際にあった出来事ではなく、ユーアが自分で創作した架空の物語である」と。


しかし、答えは否。


「【NO】! この問題文は実際にあった出来事ですっ」


「と、なると……間違いなく、今日の出来事ということになるか。今日以前に私がユーア君に水泳を教えた経験は無かったはず」



----------------------------------

先輩は、なぜ私に水泳を教えてくれたのか?

----------------------------------



問題文を音読し、リーシャ先輩は唸る。


「……トリックがあるのは「先輩」ではなく「私」か? たとえばユーア君が実は二重人格で、二つの人格を使い分けているから「私」はユーア君だとは限らない……?」


「(そ、そんな。エルちゃんじゃないんだから)」


「いいや、たとえ多重人格だとしても。問題文が問うているのは「先輩」たる私が水泳を教えた理由だ。「私」ことユーアが何重人格であろうと、私が水泳を教えた理由が変わることはないはず」


「あのー、先輩」


「ん? なんだい?」


たまらず、私は口を挟んだ。


「私、私以外の人格なんて無いですよっ! カードゲームではよくあること、かもしれませんが……」


思わずそう言うと、リーシャ先輩は「こらっ!」と叫んだ。


「ユーア君は出題者なんだぞ。ダメじゃないか、『質問』されてないのにヒントを出しちゃ! 黙ってなきゃ!」


「ご、ごめんなさい!」


「……まぁ。君が「水平思考クイズ」に不慣れなのはわかっていたことだった。これが初出題なんだから、尚のことか。以後は気をつけるようにね」


リーシャ先輩が手をひらひらと振ると、コインが一つ消えた。

『霞石のコイン』は残り二枚……って。


流石にそれは良くない気がする。

先輩は『質問』したわけじゃないんだし。


「今のは私のお手付きだから、コインを減らす必要なんて無いですよ!」


「そういうわけにはいかないさ。実際に情報を得てしまったし、ユーア君に悪気があったわけではない。今のは『質問』一回分とカウントさせてもらうよ」


リーシャ先輩は何でもないかのように言う。



――やっぱり。



ここまでの決闘デュエルの様子を見ていて、確信が深まった。


リーシャ先輩は一見、容赦がないように見えて、実のところは私に手心を加えているような気がする。いや、手心というのは違うか。重んじているのは、公平。あるいは自分にとっての納得。


「水平思考クイズ」にしたってそうだ。


私が見落としたルールについても先輩の方から説明してくれたし、一方が有利になり過ぎないようにちょくちょく調整を加えてくれてる。


それは先輩が公平性を重んじるスポーツウーマンだから……と思ってたんだけど。

実際は違うのかもしれない。

それはリーシャ・ダンポートという人間本来の性質なんだ。


水球に飛び込んだときに推測は確信に変わった。


「闇」のエレメントが生み出した創作化身アーヴァタールの生み出した領域――それでも、そこで暖かく包み込む浮力を発生させていたのは領域の生みの親であるリーシャ先輩の精神だ。


あの領域には、危険なんて無かった。


自らの選手生命を取り戻したい。

失った栄光を、自分が手にするはずだった運命を奪還したい――


そんな思いにつけ込まれて「闇」に魅入られて、

『光の巫女』への刺客となった上で尚――


彼女は己の誇りを失っていなかった。

故にこの決闘デュエルは、互いの運命を賭けた決闘でありながら、そうだ、とっても……楽しかったんだ!


《「主演の化身メインキャスト・アクトレス」Mock turtle》の鏡に映る、黒衣のドレスに包まれたリーシャ先輩――その装いはあくまでも仮装。


鏡の奥に手を伸ばして、私は彼女の心に触れた。


「(先輩は、私なんかよりずっとすごい)」


リーシャ先輩は自分のことを「天才」だと呼んでいた――「天才」とは「結果を出す力」だと言っていた。でも、だとしたら「結果」が出るまで「天才」かどうかなんてわからない。新しい何かに挑むたびに、自分は「天才」じゃなかったんじゃないかという恐怖と戦うことになる。挑まなければ、過去の栄光にすがっていることもできる。挑まなければ、今ある肩書きに安寧することもできる。けれども――


「(リーシャ先輩は、常に挑み続けた。そして、誰よりも結果を出した……本当にすごいんだ。だからこそ、リーシャ先輩の誇りを汚す「闇」の勢力が許せない。私、絶対に負けるわけにはいかないっ! 私が負けて、リーシャ先輩が「闇」の力で選手に復帰したりしたら……いつの日か、絶対に苦しむことになるんだから!)」


リーシャ先輩は「闇」に頼った自分を許せないはず――

他人を傷つけて、不正を働いて、そうやって手にした栄光を良しとするような人じゃない!


そのことを気づかせてみせる。

私が作った「水平思考クイズ」の答えで――!


リーシャ先輩は『霞石のコイン』を手にした。


「三度の質問で、ユーア君の狙いが読めたよ。答えがあからさまなクイズを出すことで、私に深読みをさせる……ははは、随分と踊らされたものだ」


「…………」


「ならば、そのハリボテを打ち壊す。落ちろ、カトンボ! 『回答』だ……【リーシャ・ダンポートが水泳を教えたのは、ユーア・ランドスターに近づいて「水平思考クイズ」のルールを教え込むため。つまりは、近づくための口実!】」


このクイズの答えを――実際のところ、私は知らない。

だって、このクイズはクイズじゃない。

本当にあった出来事なんだから。


クイズの答えはリーシャ先輩の心の中にしかない。


だから、自信を持って答えた。



「【NO】です」



「……え?」


「先輩が私に水泳を教えた理由は、

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()


「なっ……馬鹿な!?」


一見して不可解なことが起きている。


このクイズの答えを知っているのはリーシャ先輩だけ。

そのリーシャ先輩がクイズを回答している。

なのに、その答えは不正解。


「……あはは」と、笑みが浮かんだ。


「何がおかしい?」


「そうですね、このクイズの答えは……」


と、言いかけて私は慌てて口をふさいだ。

危ない危ない、またヒントを出しちゃうとこでした!


「コインの残りは一枚です。

 もう、先輩に出来るのは『回答』だけですね!」


「何が……何が起きてる?」


リーシャ先輩は顔を青くして頭を抱えた。


「このクイズは実際にあった出来事……登場人物は間違いなく私とユーア君だ。私はユーア君に近づくために水泳を教えた……なのに、 それはクイズの答えではない?」


私は別にトリックを使ったりしてない。


ウルカ様やお兄様みたいに賢い人たちだったら、それこそルールの穴を突くような何かが思いついたのかもしれないけど……私が作れたクイズはこれ一つだけ。


クイズというよりは、ただの事実。


「か……『回答』だ」


最後のコインを消費して、リーシャ先輩が答えを提出した。


「【す、水泳を教えるためには人気のない屋内プールに誘導する必要がある。「先輩」は他人の目につかないところで「私」に「闇」の決闘デュエルを仕掛けるつもりだった……そのための口実として水泳を教えることにした】。これが、答えじゃ……ないのか!?」


「【NO】です。これでクイズの出題は……成功!」


[水平思考宮殿シャドウストーリーズ・ウォーターパレス]の領域効果が発動する。


宮殿のあちこちから水が噴出して、

私のクイズ成功を祝福するように彩りを加えた。


「このターン、私はシフトアップ召喚をコスト無しで実行できます!」


私は手札のカードを見渡した。

そこに輝くのは、光の先導者たる相棒のカード。



「”それは光り輝く存在で、太陽よりも美しい”――導いて!

 《戦慄のワルキューレ騎士ナイト、ランドグリーズ》!」



メインサークルに光輪の担い手が降臨する。

亜麻色の髪をたなびかせた、麗しの武装神秘。


鎧をまとった天空の戦乙女ワルキューレが長剣を振りかざした!




先攻:リーシャ・ダンポート

メインサークル:

《「主演の化身メインキャスト・アクトレス」Mock turtle》

BP1111(+6450UP!)

=7561

サイドサークル・デクシア:

《水舞台の百花、サイサリス》

BP2950

サイドサークル・アリステロス:

《水舞台の大輪、デンドロビウム》

BP3500


領域効果:

[水平思考宮殿シャドウストーリーズ・ウォーターパレス]


後攻:ユーア・ランドスター

【シールド破壊状態】

メインサークル:

《戦慄のワルキューレ騎士ナイト、ランドグリーズ》

BP2000

サイドサークル・アリステロス:

《水舞台の花影、ガーベラ》

BP2750




信じられない、という目でリーシャ先輩は立ち尽くしていた。


得意としていたクイズ対決で土をつけられた衝撃――

その思いは察するに余りある。


「……答えを、教えてくれないか?」


「私はこのクイズの答えを知りません。

 知っているのはリーシャ先輩だけです」


「なんだって」


「ですが、推測は出来ます。

 まず考えられる一つ目は【()()()()()()()()】です」


「ユーア君の命?」


実物の水を大量に用いることで作られたこの領域では、プレイヤーは「水平思考クイズ」を仕掛けるたびに水球の中で泳ぐ必要がある。


泳げない私は「水平思考クイズ」を出題できない――

とはいえ、もしも仮に。


「さっきみたいに、私が無理を承知で水球に飛び込んだりしたら……どうでしょうか? 水のエレメントが満ちて内部で浮力が発生している水球の中でも、パニックに陥った私が溺れちゃうかもしれません。実際、ちょっと飲んじゃいましたし」


その万が一のために、リーシャ先輩は私を誘ったんだ。

水泳の初歩を教えることで私が溺れないようにした。

私の命を守ろうとしていたんだ……と、思う。


リーシャ先輩はあわあわと口ごもった。


「わ、私の目的は『光の巫女』である君の排除なんだよ? 君が決闘デュエルで負けて操り人形になろうが、溺れて……死のうが……どうだっていいことだ」


「あー、言ってましたね。そんなこと」


この期に及んで、まだリーシャ先輩はピンと来てないようだ。

私はむっとして言い返す。


「そんなわけないじゃないですか」


「え……」


「私が前のターンで水球に飛び込もうとしたときの慌てよう! もしも鏡で見てたとしたら、きっと気づいたはずです。自分がそんな人じゃないってことに」


これはある意味では「二重人格」かもしれません。


「闇」のカードに操られて害意を植え付けられた闇リーシャ先輩には、本当のリーシャ先輩――暫定的に光リーシャ先輩とでも呼びましょうか――光リーシャ先輩の行動を理解できない。


だから「ユーアに近づくため」みたいな理由をひねり出してしまう。

まだ腹落ちしてない様子の光リーシャ先輩に、私は指を突きつけた。


「光リーシャ先輩は、本当はとっても優しい人のはずです! きっと、水泳部でも、クラスでも、これまでの人生でモテモテだったんじゃないでしょうかっ!?」


「なぜそれを!? いや、それは私の顔とスタイルが良いから……」


「いいえ。モテる秘訣は、性格です!」


「言い切るねえ!?」


「私も、昆虫はちょっと……だけど、主にあの方の性格に惚れました!」


「えっ、何の話」


「あと、これはもう一つの答えなんですが」


コホン、と私は咳払いした。


「これも推測ですけど」


きっと、光リーシャ先輩は……



「【水泳が好き】だから、なのかも」



「……あはは。それは、そうかも、ね」

と、闇リーシャは笑った。

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