最終問題「リーシャ先輩は水泳を教えてくれた。なぜ?」
「私のターン!」
目をつむり、決闘礼装に手をかける。
デッキに触れた指先に灯るのは奇跡の光。
心地よい暖かさに身を任せて、私は理想を思い描く。
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「どうしてガンダムを知ってるんですか!?」
ウルカ様の世界で人気だったアニメの知識。
それをリーシャ先輩が持っている理由――
「……それは、私も前世の記憶を持っているからだよ」
リーシャ先輩は得意げに笑う。
「私はね、「異世界転生」した人間なのさ」
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転生――死した者の魂は輪廻の円環を辿り、巡る円環の果てに新たな生を受ける。
私の知るムーメルティアの神話にも、転生にまつわる逸話があった。
そのカードを手にしたときに、私は疑問を抱いたのだ。
「どうして、一枚のカードに二体のワルキューレが描かれているのだろう?」と。
お兄様はその疑問に答えてくれた。
ユーア、教えてやる――それは、その二体のワルキューレが――
二つの生を巡る、同一の魂なのだから、と。
私はイメージする。
勝利へと繋がる必殺のカード――デッキに眠る切り札を。
「フォーチュン……ドロォーッッッ!!!」
指先に宿る黄金の光は、イメージした理想を現実に変える力。
迸る光の奔流がカードの形となって手札に収まる。
私がドローしたカードは――!
「《輪廻の剣、ワルキューレ・スヴァーヴァカーラ》!」
「新たな、ワルキューレだと……!? だがユーア君、忘れてはいないだろうね。私がオペレーション・メテオブレイクで配置したガーベラの特殊効果を!」
「……ぼっち……あ、ロック!」
「墓地ロックさ!」
後攻:ユーア・ランドスター
【シールド破壊状態】
メインサークル:
なし
サイドサークル・アリステロス:
《水舞台の花影、ガーベラ》
BP2750
「《水舞台の花影、ガーベラ》をコントロールするプレイヤーは、召喚またはカードのコストとしてスピリットを墓地に送ることができず、またカードの効果によってスピリットを墓地に送ることができないという効果を……強いられているんだ!」
背景に集中線が現れる勢いで宣言するリーシャ先輩。
そう、これも『光の巫女』対策のメタ戦術だろう。
私のエース・スピリットであるワルキューレ達は、戦死者の魂を導く天上界の精霊たち――墓地に眠るスピリットの魂を解放することによって真価を発揮する。
墓地にスピリットを送り、そのカードをコストにして効果を発動するワルキューレデッキの戦術を全否定するのがガーベラによる墓地・ザ・ロック!
私は頷いた。
「先輩の言う通りです。それに、私の手札にあるワルキューレ・カードはいずれも召喚にコストが必要なグレーター・スピリットばかり……ガーベラが私の場にいるかぎり、効果の発動どころか召喚すら叶いません。ですが、突破する方法はあります!」
「なにィ!?」
「クイズの答えは最初から私の目の前にありました!」
白亜の宮殿を流れる水路の中で、私と先輩のあいだに浮かぶウミガメの水鏡。
あれこそが、この領域に付与された領域効果――!
「[水平思考宮殿シャドウストーリーズ・ウォーターパレス]の領域効果を発動します!」
「馬鹿なっ……!?
よすんだ、ユーア君!」
「いーえ、止めません。とうっ!」
私は力いっぱい助走をつけて、跳躍した。
華麗に飛び込むリーシャ先輩のように――は、いかないけど。
不格好ながらも、手足をばたつかせながら水鏡の空間に飛びこむっ!
身にまとう水着に水が染み込んだ。
辺り一面……水の中!
☆☆☆
一方、ここではない場所で――
「ふ、ふざけんなッ! あのガキ、何してんだよっ!?」
密かに決闘を観戦していた少女――
ハートは、人形のように美しい顔を歪めた。
傍らに控える仮面の青年――ドロッセルマイヤーは、落ち着いた声で応える。
「何、って。ユーアがリーシャさんの領域を利用しただけのことでしょう? あの水球の中で水平思考クイズを作成して、相手プレイヤーが問いに答えられなければ……このターンのシフトアップ召喚に必要なコストが免除される。ガーベラの墓地ロックを回避して手札のワルキューレを展開する手段はこれしかありません。実に論理的な一手です。彼女の弱点を鑑みれば、劇的な一手にはなりますが……」
「そう、だよっ! 私が書いた『デュエル・マニアクス』の主人公……ユーアは泳げねえんだ……。そもそも、水に入ることだって苦手にしてるっつーのにさぁぁぁ!」
「貴方の物語の中では、この状況でユーアが水平思考クイズを挑む選択肢はありえなかった、と。やはり、貴方はこの世界の神などではない……自分で嘯くような「万能の創造主」とは程遠いようですね」
「テメェ……!」
「想像するに、劇の筋書きに無かった要素は二つ。一つは、ユーアが水泳に憧れたこと」
「……そんな話、あったかよ?」
「貴方はそれでも物書きですか?」
ドロッセルマイヤーは歯車を模した仮面のネジを巻いた。
ジジジ……と音を立てて、空間に映像が投影される。
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「子供の頃から、泳ぐ習慣がなくって……ムーメルティアには海もありませんでしたし、孤児院にいた頃は、水泳を習う機会もなかったので」
「そうなんだ……でもでも、ウルウルは泳ぐのが好きみたい」
エルが海水浴場を指すと、そこでは華麗なバタフライ泳法を披露する少女が砂浜の注目を集めていた。
「(な……なんてお美しいんでしょうかっっっ!)」
ユーアは文字通り、ウルカに目を奪われている。
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「ちっ。そうだったわね……」
「そこにリーシャさんが現れて、ユーアに水泳を教えた。これが二つ目の計算外――ん、待て。一体どういうことでしょうか?」
違和感。
ユーアに近づく必要はあった。
これも作戦の内。
[水平思考宮殿シャドウストーリーズ・ウォーターパレス]を発動するためには、プレイヤーの両者が「水平思考クイズ」のルールを理解している必要があった。
「(しかし、これは――)」
ドロッセルマイヤーが気づいた違和感。
これこそが、ユーアの見出した活路への希望なのである。
遅れて、ハートも気づく。
「……そういう、ことかよ」
果たして、ユーア・ランドスターは水平思考クイズを作成する!
☆☆☆
「(……み、水でいっぱい!)」
水鏡の中の世界は、一面が水となっていた。
外部から見れば水で出来た球体――水球となっている空間。
不可思議な浮力が働くこの空間では、どこが天地かもわからない。
私は方向感覚を失っていた。
パニックに陥りそうになるのを、必死でこらえる。
思い出すんだ、先輩が教えてくれたことを!
「(水中での呼吸の基本……しっかりと息を吐く。水面に上がったときに、深く息を吸えるように……!)」
ぶはぁ!
水球の外に顔を出して、思いっきり肺を満たす。
再び、水中へ。
呼吸ができたことで落ち着いてきた。
この空間の浮力はエレメントによって担保されている。
「(そうだ、危険は無いはず)」
だって――
「(この世界はリーシャ先輩が作った領域なんだから……!)」
目をばっちり開いて、水中に意識を集中した。
水のエレメントに満ちた空間。
ここでは抱いた想像が水平思考クイズの問題となる。
出題内容は決めていた。
答えは簡単。単純明快。
だけど、何度、質問を重ねても。
リーシャ先輩には解けないクイズだ。
「闇」のカードに操られている今の彼女には――
「(…………あれ?)」
ふと、目の前に人影があった。
マリンブルーの髪を短く揃えた女性――
リーシャ先輩の似姿を取った「水人形」が私の手を取る。
そうだ、これこそが私の問題文なのだ。
水球の中で、私はリーシャ先輩と踊るように舞った。
手を引かれて、自分が人魚姫にでもなったかのように水中を漂う。
やがて、私からもう一体の「水人形」が分離する。
重力の無い空間。
ユーア人形とリーシャ人形はワルツを踊るように微笑み合う。
私は遠巻きにその光景を見やる。
これが私の作る最初の問題であり、
決闘における最終問題。
全身を包み込む心地いい浮遊感の中で、私の口元は綻んでいった。
・第四問
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先輩は、なぜ私に水泳を教えてくれたのか?
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『霞石のコイン』…残り五枚