#91 呆気ない
「………なんだ、随分と呆気ないじゃないか……………」
私は妙に納得のいかないまま、連れ込まれた路地裏……父の死に場所を後にした。
あの五人組は今路地裏の地面の下だ。私の魔術で生き埋めにしてやった。空気穴は作ってやったから、しばらくは苦しんでくれるだろう。それでも、父の数万分の一程度だろうがな。
「仇は取った………ということで良いのだろうか………?」
私は街を歩きながら夜空を見上げた。今日はあの日と違って、よく星が見える。空に浮かぶ三日月には雲も一切かかっておらず、美しい景色と共に淡い月光を地上に届けてくれていた。
(………なんだ……今のは………)
それは突然のフラッシュバックだった。突如駆け巡った過去の記憶。それを見ることになったのは、おそらく死を感じてしまったからだろう。
私の目の前には、相対している少女が生み出した激流で作られた一本の巨大な槍の先端があった。あと数十センチシルカが槍を押し込めば、たちまちネストはそれに穿たれてその人生を終えるだろう。それだというのに、青髪の少女はそれをしない。
「………勝負ありだ……!」
なるほど。私に降参させるつもりか。できれば無意味な血を流したくないと、この娘は思っているのだろう。
まったく、どこまでも甘い女だ。自分にあれだけ言われ、試験を無茶苦茶な難易度に設定し、友すら巻き込んだというのに、最後は慈悲を与えるというのだろうか……………
「………まだだろう?貴様はまだ私に一撃も入れられていないんだからな」
「そこまで追い詰めれておいて今更何を言っている?……降参するのはお前の方だ」
どうやら、初めに私が諦めて降参しろと言ったのを根に持っているらしい。確かにあの時のシルカの顔は、今までにないほどに静かな怒りに満ちていた。
だが、勘違いしてもらっては困る。口ではああ言ったが、降参が嫌いなのは何も貴様だけではない。
「………っおい……何を………?」
シルカが驚きの表情を見せる。当然だ。この状況で、私は奴に対して笑って見せたのだから。
私は一歩、大きく前に足を出し、そのまま自らの体も前方へと傾ける。もちろん、激流の槍の位置はまったく変わっていない。
そして、槍は私に届いた。いや、届かせたというのが正しいか。
接触したのは、私の左目。私はそれを自ら差し出した。なんの躊躇いもなく、当たり前であるかのように。
激流の槍は、回転する刃の塊に等しかった。私の眼球は瞬く間に削られていく。
そこからは私の血液がどんどん溢れてくるが、槍に巻き取られてその膨大な量の水と混ざり、あっという間に右目で少し確認できた赤色はすぐに消えてしまった。
「ッ⁉︎馬鹿‼︎何をやっている………⁉︎」
本当……何をやっているのだろうな、私は。
あいつの言う通り、馬鹿なことをやっていることは自覚している。
これは、ある種の己への戒めだ。まだまだ自分は未熟者であると、己に言い聞かせるための。
「これで……私の負けだ………シルカ・リザリア………冒険者試験………合格だ………」
ギルドマスターとなって………いや、人生で初めての完全敗北だ。しかもそれが、このような瞬殺で終わるとは………
呆気のない結末……自ら左目を差し出すなどという無様な終わり方とは、我ながら情けない。逆に笑えてくるほどに。
「……最後に聞こう………貴様の考える……トップの在り方とはなんだ?」
「…………………」
あれだけ私に対して言ってのけたのだ。己の考えくらい持っているだろう。
正直に言って、自分でもなぜこのような質問をしたのかは分からない。私は今までの自分を否定するつもりなどさらさらないし、今後も己の信念を貫いていくつもりだ。
だがもし………この目の前の娘が、私の納得のいくような答えを持っていたのならば……………
「トップの在り方………」
「私はギルドマスターとなって二十年、あらゆるルールの厳格化、試験合格に要求する実力もかなり上げた……だがそれらは、あくまで冒険者たちのため……生半可な実力でライセンスを手にして死んでいく者たちを一人でも多く減らすためであり、私はそれを正しいと思っている。もう一度問う。シルカ・リザリア、貴様の考えるトップの在り方とはなんだ………!」
私の質問に、シルカは即答はしなかった。
ただ口を閉じ、じっとこちらを見つめている。抉れた左目、激痛により反射的にかいた滝のような汗。今の私の顔は醜いものだろう。
その後、シルカは無言で海世界と呼ばれたフィールド上の激流、そして私の目の前の槍を消した。それと同時に私も踏みしめていた地面を元に戻す。これで戦う前の状態にフィールドは元通りとなった。
「………間違っていない」
「何……?」
「お前のやり方は正しい、それは私も肯定する。制約はあろうが実際、それで死亡率は減っているのだろう?だから続けているのだろうしな」
驚いた。どうせ私の考えをただ完全否定してくるものだと思っていたが、そうではなかった。
「だが……さっきも言ったように、少し固すぎる………お前自身がな」




