#89 行使する水竜の権能
「………今、魔術……と言ったのか……?シルカが………?」
レイアは彼女自身から放たれた言葉が信じられなかった。
シルカ・リザリアには魔術の才能がない。それはレイアもよく知っている。実際、村で魔術の習得も試みたことがあり、その時も魔法は使えたが、それでも魔術には至ることはなかった。
だからこそ、魔法の方を徹底して教えた。シルカの適性は水属性ではあるが、それはレイアの方も不得手であったために火属性魔法しか教えることができなかった。
しかしそれでも、単純な魔法だけなら、シルカは相当な使い手だ。教えた魔法はいとも簡単に再現してみせ、さらに二種類の属性の魔力の同時生成もやってのけた。
(一体……何をするつもりだ………?)
レイアには見当もつかなかった。たった一年程度で、どれほど少女の力は変わったのだというのだろうか、正直そう考えていた。いくら才能があろうと、魔術を習得するのには相当な反復練習とイメージの構築が欠かせない。付け焼き刃で出来るものではないのだ。
それでも、もしかすれば本当に、とも思わざるを得ない理由もある。
彼女がそう考えるとともに思い出される情景。それは最近、シルカの二刀流を初めて見た時のこと。
ガーディアンに向けて使われたそれは、とても付け焼き刃とは思えないような絶技。だがレイアは、それ以前までシルカが剣を二本使っている場面など一度も見たことがなかったのだ。
シルカ・リザリアという人間は、自分が知らない間にも血の滲むような修練をおそらく続けている。そして、自分が思う以上の成長を遂げているのかもしれない―――――
「スゥゥゥッ……………ッ‼︎」
私は深呼吸し、意識を集中させる。体全体で魔力を感じ、その魔力をある物に流し込む。
玉だ。私が首に下げている、瑠璃色の玉。
それは一年ほど前、私がファレイルリーハと対峙し、戦った時に奴が落としていった物。その中には信じられないほどの膨大な魔力が込められており、あの水竜の纏う雰囲気すら感じられるほどだ。
その玉の魔力と、私が生み出した魔力。注ぎ込んだ私のそれを融合させ、玉の中の力を自分のものにへと変換する。
玉の力に頼るというのは少し癪ではあるが、私が魔術を行使するにはこれ以外に結局方法はない。
全身に染み渡っていく神魔の力。実際のそれには遠く及ばないものの、私の能力を大幅に引き上げる。水の適性に恵まれたこの体でしか扱えないであろうそれを、目の前の男にも披露してやるとしようじゃないか………‼︎
「……………海世界」
ザザァァァァァ……………ザザザザザザ……!!!
「っ⁉︎なんだと……⁉︎」
それには流石のギルドマスター様も驚愕の表情を隠しきれていない。そりゃあそうだ、「なんで使える……!?」という顔を今まさに見せているのだから。
私はこの野外フィールド、私とネストが対峙している範囲を、瞬時に大量の水で埋め尽くす。それもただの水ではない。激流だ。荒れた海と形容するのが正しいような強い波を立てる水だ。
「ッ……!!この程度の魔術………!!」
ネストは自分の立っている周辺の地面を操り、激流の干渉しない位置にまで上昇する。それによって、せっかく生み出した水の流れの影響を受けることが無くなってしまった―――――が、
「逃げ場が無くなったな、ネストよ………!!」
「くっ………!貴様……なんだこれは……!?これほどの質量を魔力で生み出し、操っているというのか………!?それに加え……なんだ、この意味の分からん効果範囲………!!」
初めて動揺を見せたな。まぁいい。
私は激流の上に立ち、先ほどと同様にネストの方を見やった。レイアの日炎試練の時もそうだが、基本的に魔術、魔法というものの効果は、行使する者には一切干渉しない。自己強化魔術や自己回復魔術などは例外だが、基本的に魔術系統による自傷行為は出来ないのだ。
「海世界………周囲に激流を生み出し、敵の動きを封じる。大抵の者であれば、この水の流れに逆らうことなど出来ないだろう?ちなみにこの魔術の効果範囲だが……………無制限だ」
「なっ………は……?」
「無制限。私がやろうと思えば、世界全ての大地を海に置換できる………はずだ。試したことは無いが、自信はある。まったく、竜の力とは恐ろしいものだ………いつかは代償を払わねばならんだろうな……………」
「…………………」
その時、ネストはシルカが何を言っているのかがさっぱり分からなかった。開いた口も塞がらず、シルカに対して攻撃することも、挙句には今が試験中であることすら一瞬頭から消えてしまうほどだった。
いまだかつて味わったことのないような、圧倒的な敗北のイメージが頭の中を一瞬の内に何度も巡る。そしてそれが終わるよりも早く―――シルカは動いていた。
「さぁ、これで終わりだ………穿渦潮!!!!!」
私は、かつて自分自身を襲ってきた激流の槍を自ら生み出し、それをネストめがけて一気に放った―――――




