#83 後半戦、始まる詠唱
残り五分を切った。しかしヒユウの肉体限界はすぐそこにまで迫っていた。
彼女は決して体力が無いわけではない。むしろ常人よりも、本来遥かにそのスタミナは持続する。が、現状格上としか言いようがないレイアとの戦いは、想像よりも遥かに体力の消耗が激しい。
更には、ヒユウの体中に見受けられる無数の火傷。今もなおジンジンと彼女の体に痛覚を通してむしばんでいる。更にその火傷痕はまだ熱を持っている。それにより今の彼女の体温は平熱時よりも少し高く、それも彼女の体力をじわじわと削っている。
消耗により少しずつ動かなくなっていく体、高い心拍数。集中力もほんの少し途切れ始めてきてしまっていた。
「ハァッ……!フゥゥゥゥ………」
ヒユウは勢いよく息を吸い込み、そしてゆっくりとそれを吐き出す。呼吸を整え、意地を見せるように構えて見せる。
「私はいつか、この国の騎士になるんです………こんなところで折れているわけにはいきません……!!」
「その意気だ………ならばそれに、私も全力で応えよう………!!」
そう言いながら再び現れるは、何度目かの火圧縮弾。見てくれは似ているが、それ一個一個の質が上がっているような気がする。そして、その数は先ほどまでのそれらを優に超える。初っ端の五倍はあるだろうか………?
そして、その中には少し違う物もあって―――
「何度もっ……!同じ手は通用しませんよ………!!」
「………フッ……どうかな………!」
「はああああああっ!!!」
またもや始まった火球の猛攻。灼熱の塊はその全てがヒユウに向けられており、この開けた野外フィールドの中にさえ、逃げ場はどこにもない。
ヒユウはただ全力で剣を振るう。おそらく、それを観察する余裕すらないのだろう。目に入った火球を片っ端から叩き斬っている様子だ。
「……………世界を創りし神よ、我が名はレイア・オルフロスト。人の世を照らす灯火となることを望む者………」
「ッ!?レイアが………詠唱……!?」
魔法、魔術自体は、本来詠唱などなくともイメージさえしっかりしていれば発動は可能だ。
魔法に関しては詠唱を必要とすることなどそもそも無い。例外として、魔法を突き詰めた先に習得できる模創原初魔法………私の模創太陽原初の火なんかがそれにあたる。が、逆に言えばそこまでに至ることのない限りは、基本的に詠唱など必要ない。
そして、あまりにも高威力、絶大な効果を有する魔術においては、詠唱は必須。
理由は簡単。そこらの魔術なんかとは比べ物にならないほどに複雑なイメージを必要とするからだ。
更に、魔術における深い理解。そして、何十を超える構築式を一纏めにする知力が必要となってくる。それ故に、魔術を第一の武器としている者でさえ、素質とそれに見合う頭が無ければ、行使することすら不可能なのだ。
模創原初魔法が修練を突き詰めた結果だとすれば、詠唱必須級の魔術は知識を突き詰めた結果だろう―――
そしてそれを、今レイアが行っている。当然、私も見るのは初めてだ。一体どんな魔術を出してくるのか見当もつかない。
そして驚くべきは、それを攻撃の最中に行っているということだ。
レイアがやっているのは、高度な並列思考。魔術を行使しヒユウを狙い攻撃を行いつつ、少しの脳のリソースと口を使って詠唱。そしてその過程の中で、頭の中では一から構築式を組み上げている事だろう。想像しただけでこちらの頭が痛くなってくる。
「レイア・オルフロストは剣士としての才も秀でるものがある。本人も魔術より自分は剣だと言っているほどに………だが、魔術に関しても、奴は天才の部類だ。この数日間で、まだ誰も知らない魔術を完成させてしまったのだからな………」
「………誰も知らない魔術……?」
癪だとは思っても、私は隣で呟くネストに問う。
「あぁ………太陽だよ」
「太陽……たい……よう………」
レイアがイメージした太陽………それってつまり……………
「厳密には、どこかでヒントを得たそうなのだがな………太陽を確固たるイメージに出来るほどの体験……一体どのようなものなのだろうか………」
「……………」
そこでしゃしゃり出ず、私はあえて沈黙を貫いた。
レイアが詠唱を始めていることに、ヒユウも少し遅れて気付いた。それでも、魔術はおろか、魔法すら使えないヒユウにとってそれは意味の分からない文言であり、警戒しようにも何に警戒すればいいのかが分からない状態だった。
そして、ひとまずヒユウはレイア自身にも注意しながら、今はあまりにも数が多い目の前の火球に集中することにした。
(まだこのくらいなら……ちょっときついけど大丈夫……!!)
木刀を振る最中。内心で鼓舞しながらも、ほんの少しでも心の余裕を持とうとするヒユウ。
迫ってくる火球は異常なまでに多い。だが、削ればいつか全て消えるとポジティブな考えをどうにか維持しながら、筋肉が悲鳴を上げている両腕を無理やり突き動かす。
が、火球をただ叩き斬ることが、彼女の脳のリソースの大半を支配してきたころだった―――
ヒユウが叩き斬った火球が、その場で一気に破裂したのは。




