#8 突如として感じられた異変
「………戦えたのは良いけど、いざ自分が殺した生き物の死体を見ると……うぐっ………」
「命を頂いてるんだから、綺麗ごとばかり言うな。」
「お前は何とも思ってないのかよ……?っていうか、シルカも狩り初めて…なんだよな……?」
「あぁ。あと、この子供一匹程度じゃ腹の足しにもならんなくらいは思っているぞ」
「どんだけ食うんだよ……っていうか、お前はなんで返り血の一滴も付いてないんだ?ゴホッ!ゴホッ!」
さて、返り血の臭いでむせ返っているナルクは放っておくとして、私はもう少しやってみようか。
「父さんたちは……お、向こうもかなり盛り上がっているようで」
ふと大人たちの方を見やれば、猪一匹につき二人で相手をし、効率よく狩りを行っているようだ。やはりその動きに迷いはなく、突進するだけの獣は次々に仕留められていく。その後の血抜きも完璧だ。猪はしっかり血を抜かんと臭くて食えたものではないからな。私も負けていられない。今夜は猪肉祭りだ……!
「………なぁ、さっきから嫌な気配を感じるんだが……」
そう口にしたのは、大人組の中の一人。得物の槍を構えながらも、その額からは嫌な汗が流れている様子であった。
「気のせいなんじゃねぇの? お、ナルクもシルカもやってるなぁ。初めてにしては上出来なんじゃないか?」
「というか、シルカの方は出来過ぎだ……うちのナルクも初めてにしては大したもんだと思うが………リザリア、娘に一体どんな教えを………?」
「いや、それが……何も教えてないんですよね…………」
「「「「…………え?」」」」
何かに怯える一人以外は、シルカの父の言葉を聞いて驚愕する。遠目からでもわかる剣裁きは十の娘に出来る芸当ではないし、下手をすれば自分たち大人と張り合うことすら可能なのではないかとも思わせられてしまうほどの腕なのだ。
「どういうことっすかリザリアさん!? 何かしらの稽古はつけてあげてるんでしょ?」
「それが……本当に何も……シルカは小さい時から剣に興味津々で、何かあるたびに物置においてある剣を振ろうとしてたんだ。たしか、二年くらい前だったかな? ようやくそれを振ることが出来たのがよっぽどうれしかったんだろうね。シルカはそれから、家の手伝い以外のほとんどはずっと剣を振ってたんだ。好きこそものの上手なれとは言うけど、あの子の剣への愛はその範疇を遥かに超えて、常軌を逸してる……とは、個人的に思うけどね。」
その言葉は、紛れもない真実。この十年間、大切に育ててきた愛娘を、度を越えた剣への執着心を持ち、幼い頃から冒険者になるという夢を一切曲げることなく、ただひたむきに己を鍛え続けたシルカを見守ってきた父としての言葉である。
「……天才…と言えばそこまでか……でも、あれは間違いなく鍛錬の賜物なのでしょうね。シルカちゃん、頑張り屋さんですし」
「まったく……ナルクにも見習ってほしいものだな……」
「ナルク君も頑張ってますよ。将来が楽しみですね」
「なぁ……!! 本当にヤバいんだって……!!」
自分の話を聞かず平和な会話を続ける面々に痺れを切らしたのか、とうとうその一人が叫んで訴える。
先ほどよりも汗をだらだらと流し、その目はどこか血走っているようだった。槍をカタカタと振るわせ、足も竦んでいる。
「どうしたんだよさっきから? 何がヤバいって?」
「何かが……近づいてきてるんだ……! こっちに向かって……!」
「あー、そういやお前索敵魔術使えたんだったっけ。で? まさかストーンボアが百匹一斉に突撃してくるとかいうんじゃないだろうな?」
「いや――そんなもんじゃない……!」
「………この焦りよう、本当みたいだな……リザリアさん」
「はいっ…! シルカ、ナルク君! 一旦狩りを中断し―――」
ゴゴゴゴゴ・・・・・ドガガガガガガァァァ!!!!!
次の刹那、あたりに轟音が鳴り響く。その音でストーンボアの残党はもれなく逃げ出し、木の枝にとまっていた鳥達は一斉に羽ばたいた。
木々はそれによりめきめきとなぎ倒され、どこからか岩石が砕ける音も聞こえる。大地が、空気が揺れ、その瞬間、その場にいた全員がそのプレッシャーを感じることとなった。
「んな……!?」
「なんだアイツ……シルバーボア……? いや……違う……!?」
現れたのは、体長十メートルはあるであろう体躯の大型の猪。だがそれは先ほどのストーンボアが放つ威圧感がまるで赤子のもののように感じられるほどの凄まじいオーラ。
初めて見る白い体毛。しかしそれは、とても生物の物とは思えないような金属光沢のようなものがあり、木々の隙間から漏れ出ている太陽の優しい光を狂気へと変えながら反射させている。
「……俺一回、ゴールドボアと遭遇した時、相当な存在感を感じたことがあるんだ……けど――ここまでの物じゃなかった……!!」
「まさか……突然変異個体……!? 森の猪が魔物へと変貌し、魔力により肉体を進化させた姿……!?」
そんな存在、村の近くでは見たことなど誰もなかった。だが全員、極稀にそういった存在がこの世界にいると小耳に挟んだことはあった。そしてそれを見ることになるのが、まさか狩りが初めての子供たちがいる今になるとは、誰も思っていなかったが。