#6 重い装備は好まぬ
そして二日後―――
「なぁシルカ……本当にそれで大丈夫なのか………?」
「大丈夫。動きやすいしな」
父が心配しているのは、私の装備のことだ。
今私は、修練にも用いていた子供の身体にちょうどいいサイズの片手直剣を背中に携えている。
手入れは怠っていないのでこれでも切れ味は問題ないし、この小さな体でも思う存分戦える。だが父は、武具に関して言っているわけではない。防具に関してである。
つまりどういうことかというと、私は狩猟にいざ出発というこの時に、防具を一切身に着けていない。それについて相当心配されているというわけだ。
「相手が相手だからって、油断していると命に関わるんだぞ!?」
「分かってるさ。でも、身に着け慣れてない防具を纏うのはかえって危ないと思う」
「うーん…それもまた確かに……でも、せめて胸当てくらいは装備してくれないか? 軽くて丈夫なのがあるから、な? そうでもないと、父さん心配だよ……」
「………分かった」
そこまで言われたのなら仕方がない。それに、このまま拒否し続けていると連れて行ってもらえなくなりそうだ。
前世、初めての戦場に駆り出された時を最後に、私はその後一切自身の身を堅い鎧で覆うことはなかった。理由は簡単。動きづらいと感じたからだ。
いくら鋼でその身を覆ったといえ、敵に関節部分などを狙われでもしたら意味がない。
更に言えば、魔法を弾く抗魔の鎧であるならばまだしも、騎士のために量産されたただの鎧ごときでは、敵の魔術師には対抗することなど不可能なのだ。
そして逆に、その類を身に着けなくとも、相手の攻撃を躱せば、相手の斬撃、刺突、殴打、魔法も全て剣で弾くことが出来れば、わざわざ我が身の重量を上げ動きにくくなる必要などないわけだ。
だがまぁ、それはあくまで前世での考えだ。かつてのパフォーマンスと比べれば、今の自分など格下もいいところだ。イメージ通りの動きが出来ない可能性もあるし、ここは大人しく父の言うことを聞いておくことにしよう。
「よいしょっと……少し胸が苦しい…か?」
「あれ、サイズはあってるはずなんだけどな………成長期?」
「知らん」
何はともあれ、これで準備は完了だ。胸当て(少年用)のサイズが少し合っていないのが気になりはするが、この程度であれば問題はない。幸い、体の動きに影響することはないだろう。変にぶかぶかの鎧を着るよりだいぶましだ。
今回狩猟に向かうのは八人。
まず父、そして父と同年代くらいかそれより少し上であろう男。あとは若い……と言っても今の私よりは遥かに年上だが…それが四人に………
「おいシルカ!どんな化け物が出てきても泣くんじゃねーぞ!」
「………小童が…」
「ん?なんか言ったか?」
「別に」
「そうか、まぁいーや。なんかあったら俺が助けてやるよ!」
こいつ。名をナルクという。今の私と同い年の少年だ。私が元々子供の相手が苦手だというのもあるが、それを踏まえてもなぜかこいつの行動言動は癇に障る。まぁ、子供らしさという便利な言葉で大抵のことは流せるし、何かと憎めない奴ではあるのだが。
「誕生日に親父がくれたんだぜー!」と三十回ほど自慢してきたバトルアックスは彼の背に携えられ、日の目を浴びる時を待っているかのようだ。子供用の大きさではあるものの、その鋼のボディはしっかりと存在感を放っている。
というかナルク、幼い見た目が完全に武器に負けているぞ。あとそんな金属ばっかりの装備を身に着けおって、いざという時ちゃんと動けるんだろうな?
まぁあとは私を入れて、これで計八人だ。
そしてとうとう、私は(安全な自分の修練場を除いて)生まれて初めて村の敷地を出て、森の奥へと足を踏み入れた。実はこれまでもトレーニングのためにさらに奥まで行ったことが………そんなことは毛頭ない。親の言うことは聞いておいた方がいいのだ。
そういうわけで完全に初見であるのだが………
「うっひょー! 冒険だー!」
「おいナルク、あんまりはしゃぐな。もう少しシルカを見習って――」
「父さん! やはり外は素晴らしい!」
「あ…あはは………」
なんか隣ではしゃぎまくってる奴と同レベルに扱われた気がするが、たぶん気のせいだろう。
だが、今はそんなナルクの気持ちも分からんでもない。未知の世界に足を踏み入れた時のこの高揚感というものは、何物にも代えがたい。
村よりも涼しい。村よりも遥かに多い木、近くの川を流れる水の音もはっきりと聞こえるほどの静寂。これはそう。一種の癒しだ。
自然が生み出し、どんな生物にも平等に与えてくれる至福のひと時。
地面の土を、枯葉を踏んだ音すらも今は愛おしく、己が心を満たしていくかのようだ。
そして冒険者になれば、このような体験がたくさんできるのだ。嗚呼…自身の成長が待ち遠しい………
「シルカも、気を緩めてはだめだぞ。狩猟には、確実にイレギュラーが付きまとってくるからな」
「分かった。気を付ける」
いかんいかん、つい楽しくなってしまった。形がどうであれ、これが私の初陣といっても過言ではないのだ。ここで下手な真似をすれば、怒られるだけでは済まない。最悪の場合、剣を取り上げられてしまうかもしれない………それだけは絶対に阻止せねば!!