#51 共に飲んだ者たちは
「いやあ良かった……!」
これまでにない種類の幸福感だ。人は多かったが、それでも羽を伸ばしてのんびり風呂を楽しむことが出来た。
「というか、風呂を出た直後の牛の乳があそこにまで美味いとはな……!最初に思いついた奴は天才だな………!」
「………入るまであれだけ渋っていたというのに、随分気に入ったんだな」
「……まぁ色々あってな………」
多分正直に言ったものなら、今後の彼女との関係がどうなるか分かったものではない………これは墓場にまで持っていきたいところだな………
しかし公衆浴場。何度思い返しても素晴らしい場所だった。叶うならばもう一度行きたいところだが………自ら進んで女湯に行くのはいかがなものか………
「この先に、今私が住んでいる場所がある」
「ほぉ、中々にぎやかじゃないか」
ここは、見た感じ酒場が密集している場所だろうか。先ほどの浴場よりも多くの冒険者が集まっていると伺える。やはり汗を流したいのもあるが、私としてはそれ以上に一仕事終えた後の酒は格別だ。
前世では、戦いがひと段落する度に飲んでいたものだ。単純に美味い、好きだからというのもあるが、酒は一時的にではあるが現実を忘れさせてくれる。戦いに身を投じる者にとっての薬や逃げ道のような役割も果たしてくれていたのだ。多少言い方は悪いがな。
私の仲間の中には、戦う際に内ポケットに忍ばせていた奴もいた。そういえば、「もしここでくたばるのなら、その前にこの酒を飲むんだ」と言っていたか………結局そいつは生き残った。だが二つ先の戦場で敵の攻撃魔術に直撃してあっけなく死んだ。大好きな酒を最期に飲むこともなく……………
「………皆、死んでしまったのか……………」
レイアに聞こえないほどの声量で、無意識にそう呟いた。
あれから何十年も経っている。私のように転生でもしていない限り、生きている者はもういるかどうかすらも分からない。
もし私が死んだ直後生まれ変わったとしても、百年。あの時点で親しい仲間は三十から四十………平均寿命などとっくに超えている。死んでいない方が驚きなくらいだ……………そもそも前世で私が指揮官をやっている頃、生き残った仲間も皆とうに騎士を辞めていた。もう会うことなどきっとなかった。だが会える可能性はゼロではなかった。それがゼロになってしまったと考えると、少し寂しいな……………
「お、そういえば、今日十六になったんだったな。もう酒が飲める年齢か……早いものだな………どうだ?一杯試してみるか?」
「………いや、やめておこう。これ以上色々甘えるのは気が引ける」
私もすっかり忘れていた。十六ということはもう私は成人。酒を飲んでも許される年齢だ。
だが、酒などいつでも飲める。今日一日、レイアには本当に世話になった。これ以上何かを頂くのは心が痛くなってくる。
「……………じゃあ、言い方を変えよう。一杯付き合ってくれ。少し飲みたい気分なんだ………それに、この一週間が最後になるかもしれないからな……………」
「……?レイア、それっていったいどういう………」
突如、レイアが何やら意味深なことを言い始める。それを聞いた時、ナルクが冒険者ギルドで言っていた事を思い出した。
―――そっか、もうすぐでしたっけ………
おそらく、それと何かしらの関係があるのだろう。
「………詳しくは、行ってから話そう。誰もいない場所で………」
「……分かった」
今日は、レイアの話を聞いてやろう。そして、百回目の誕生日記念だ。あいつらの分も飲んでやるとしようか。飲みたくなって現世に戻ってくるかもしれないからな………少し、妄想が過ぎるか……………
レイアに今日何度目か連れられた場所は、路地裏にある小さなバー。穴場なのだろうか、客は私たち以外にはいなかった。
「………らっしゃい」
カウンターには、細身の老人。この店の主人なのだろうが、かなり熟練の雰囲気を醸し出している。あとなぜだろうか。この人は何があっても絶対に口を割らないような気がする。
酒場というものは、色々な情報が行き交うものだ。客の秘密を守るのも、重要なスキルといえるのだろう。
「マスター、白ワインと………シルカは何にする?」
「エールを頂こう」
「ではその二つを、奥のバルコニーに頼む」
「……かしこまりました」
珍しいことにこのバー、外にも席があるようだ。というか今更だが、外に席がある酒場など初めてだな……いや、そもそも酒場が初めてだった。
酒はいつも城に届いたものがあったし、酒は好きだが下の酒場に降りてまで飲もうとも思わなかった。そんな暇があるなら修練をしろと、心の中の自分がうるさかったもので。
自分に厳しいのは問題ないが、今思えば少し縛り過ぎていた気もするな………
「………それでは、ごゆっくり……」
「……では、遅くなったが、シルカ、十六の誕生日、おめでとう。乾杯」
「あぁ、ありがとう。乾杯」
盃を交わし、樽ジョッキの中に入っているエールを喉に流し込む。
随分と久々に感じる酒のアルコールが少々きついが、それすらも心地良い。
「………っぅ、ふぅぅ……で、さっきレイアが言っていた最後になるかもしれないというのは、一体どういうことなんだ?」
「……実はな………一週間後、この国を出ることになったんだ……………」




