#488 最強の調査隊
仮に、死後の世界にて『地獄』という場所が本当に存在しているのであれば、きっとこのような場所なのだろう。調査へと向かったヴェラリオ屈指の実力を持つ騎士たちは、その誰もがそのように思った。
「なんだあれ……? 国が……闇に飲まれて…………」
一人の分隊長が、無意識に思っていたことをそのまま口に出す。
彼らがヴェラリオからはるばるやって来たこの場所は、新ザヴィラ王国。百年ほど前に現在旧ザヴィラ王国と呼ばれている国、それに隣国のスラサ共和国、リパイル共和国が合併し、一大国と呼ばれるほどの進化を遂げた国――――だった。
今や、そんな面影はもはや一切見られない。暗き時代以前から健在であった王城も崩れ去り、浄化に立ち並んでいた店や家なども無残な姿にへと変貌している。
街に入ってみれば、辺りを濃く、そして気味の悪い魔力が漂っていた。
「っ……なんだこれ? 体が重いな……」
「おそらく、この黒い霧のせいかと」
本来、自然的に発生するのは魔力の素であり、実際に魔法や魔術に用いられる魔力そのものではない。だが、漂うそれは間違いなく完成された魔力。
「なるほど……本来見えるはずのない魔力の素が見えちまうくらい、ここらの濃度が高いわけか。まぁ少なくとも、人の住めるレベルじゃねぇわな」
彼らは今全員が、自身の作りだした魔力を体に纏い、それを鎧として身を纏っている。これは以前、ファレイルリーハの居た湖底の蒼洞窟にてシルカが行っていたもの。濃すぎる魔力は人体に悪影響を及ぼす可能性がある。それから身を守る術だ。本来成長しきっており、かつ鍛え抜かれた彼らには必要のないものであるが…………それを使わざるを得ないほど、この場の魔力は濃いものであったのだ。
「……マルクス、周囲の状況はどうだ?」
「…………駄目ですね。索敵魔術でとりあえず半径五キロほど調べましたが……引っかかる生命体はその全てが魔力持ち……つまり、全部魔物です。それも、第六……いや第五以上がうじゃうじゃと」
「まぁ、正直生存者がいるとは考えにくかったが…………なるほど、こりゃあ新米はもちろん、そこらの冒険者に任せられないわけだ」
人間の姿は見当たらない。総人口四億人という、世界的に見てもかなりの者が住まうこの国でだ。全員がどこか別の場所へと避難したとは少々考えにくい数。そして、そんな情報は騎士たちに一切入ってきていない。
そして、こういった調査などは本来冒険者の仕事。だというのに彼らがこうして派遣された理由はただ一つ。そこらの冒険者程度の実力では、この場所の調査は手に余ってしまうからに他ならない。まだまだ創設されて数十年。層が厚く、熟練の猛者が多いとは言えない冒険者とは違い、ここにいる騎士団隊長、分隊長たちは、全員が当時若くして何百では足りぬほどの死線を潜り抜け、かの暗き時代を生き抜いてきた正真正銘の実力者。竜に対抗できるとまではいかないものの、全員が第二階級、もしくは特別第一階級程度の力量を有していた。
「ルベートさん……この魔力は、結局のところどこから発生しているのでしょうか……?」
「そうだな…………発生……いや、これは残滓かもな」
「え……残滓って…………これがただの残りかすだとでもいうのですか!?」
ルベート・イルフォン率いる隊の分隊長の一人が、信じられるわけがないとでも言いたげな表情で驚愕を見せた。が、それは当然竜の存在に対してではない。彼はこの国に竜がいて、今現在もそれから魔力が放出されているのだと考えていた。最悪の場合、この場で戦うことも覚悟しながら。
「あり得ない話じゃあねぇだろうなぁ。なんせ事前情報では、『国が竜に墜とされた』ってことだったろ? 俺ら人間の常識が通じねぇ神魔がやったってんなら、まだ理解できる」
「ジルヴィオさんまで……!」
ルベートの言葉に、同じく隊長であるジルヴィオ・ゲレイも賛同する。九天竜に関する情報が増えている昨今だが、未だその一体も見たことがなかった彼らは、それがいかなる存在、いかなる力を有しているかを想像できずにいた。なんせそれらは、少し前までは本当に伝説上の存在でしかなかったのだから。
「とぉもかく、だ。アタシらお国の最強騎士集団で勝てないんじゃあ、もうどうしようもないさ。それこそ、あの世からグフストル様引っ張り出してこないとねぇ! あっはっは!」
イロラ・タクネロアも、目の前の現実に対して豪快に笑ってみせる。かつてとは変わり果てたその魔境、その先には一体何が広がっているのだろうか。恐怖と共に胸が躍り、振るわんとしている大剣にもより一層の力が入っている。
「だがまぁ、まずは群がって来た雑魚共をどうにかしないとねぇ」
「だな……総員、三秒で戦闘準備を済ませろ」
「「「「「了解!!!!」」」」」
群がる魔物に対し、それぞれが得物を構え背を預ける。見事に磨き上げられた連携技術を皆が信じ、強敵なり得る存在に、力と意地を示す――――――




