#462 お宿の女将さん
「ようこそおいでくださいました……って、あら? ミュウちゃん。ジャル君まで」
宿に入ると、早速靴を脱ぐ場所が目に入る。黒逓館もそうだったが、どうやらタツウミの建物というのは、どこも土足が駄目らしい。
そんなことを考えるのも束の間、入り口の近くにいた女性が、私たちに声をかけてくる。受付に行って話しかけないと口を開かないような宿もあるというのに、なんとも礼儀正しい人だ。そして、なにやらミュウファたちと異様に深い仲であるようで、早速愛称のようなもので彼らに話しかけている。
「ん……? そんなに親しい仲なのか――――」
「やっほー! おかーさん!」
「「「お母さん⁉」」」
そんなこと知るわけもない私を含めた門下生組は、全員声を揃えてしまうほどに驚愕せざるを得なかった。たしかによく見てみれば、顔立ちなどはよく似ているような気がする。が、ここまで落ち着いた雰囲気の人間が、まさか母親であるとは…………
「おっと、申し遅れました。私、ここの女将をやっております、マチ・ララーシャと申します。それで…………こんな朝早くに皆揃ってどうしたの、って一つしかないわよね……」
「そうそう、かくかくしかじかでねー…………」
この町からでも黒逓館は見える。当然建物が崩壊していることも皆知っているし、それが娘のことであるのならば尚更だろう。それでもそこまで心配している様子ではないのは、彼女であれば大丈夫だろうという絶対的な信頼があるからなのだろうか。
そんな母に、ミュウファは補足説明のようなものをするかのようにその場で話し始める。襲撃からここまでの数日間。ハライム教の人間たち、そして鋼竜ジークメタファヴァによって黒逓館が襲われたこと。逆にこちらも教会に乗り込んで皆殺しにしてきたことに関しては伏せて、建物の崩壊によって風呂や寝室も使えなくなってしまったことを話した。
「料金は後で俺が責任をもって利子付きで支払うので、どうかしばらくの間世話になってもいいだろうか?」
「そんなかしこまらないでもいいわよ。 それに、お客様――それも娘が連れてきた子たちを追い返すなんて、宿の女将としても失格だわ。何も気にしないで、黒逓館が元通りになるまでいればいいわ」
「そういえばヒユウ。さっきから気になっていたのだが、オカミ……とはなんだ?」
「あぁ、えぇっと……こういう宿とかの責任者のこと……だったかな。ちなみにそう呼ぶは女の人の場合だけで、男の人は……えーと……大将……とか、大旦那? とかだった気がする」
「曖昧だなぁ。絶対そんなこと言える立場ではないが」
「ありがとう。迷惑じゃなければ、そうさせていただこう!」
女将の言葉を聞いたジャルーダは、少し申し訳なさそうに礼を言う。少し崩れた言い方ではあるものの、やはり客として世話になる以上、多少の礼儀は必要であるということだろうか。
「はいはーい。それじゃあミュウちゃん、ちょっと裏方手伝って」
「っぅえ⁉ 私も今帰ってきてへとへとなんですけどもぉ⁉」
そこで指名されたミュウファは、駄々をこねるかの如く叫んだ。なんだか、いつもの彼女とは随分イメージが…………
(……あれ? あんまり変わらないな……?)
こういう時はなんというか……意外な一面を見たとか、家族の前でしか見せない顔というものがあるだろうに、その姿はいつものミュウファとなんら変わらない。まぁ、裏表がないと考えれば、それでもいいだろうが。
「昨日ちょうど仲居さんが風邪で寝込んじゃって、人手がたりてないのよ。さ、着替えた着替えた!」
「私客ぅ! 娘ぇ!」
「はいはい。娘だからお母さんのお手伝いしましょうね」
「はーい…………」
少々むすっとしながらも、ミュウファは少し急ぎ足で宿の奥にへと進む。なんだかんだ言って、家の仕事が忙しいことは何となく分かっているのだろうか。ここが彼女の家なのなら、小さい頃から手伝いもしていたはずだろうし。
「それじゃあ、皆はお部屋まで案内するわね。ジャル君とそっちの男の子は同じ部屋でも大丈夫かしら?」
「あぁ。まったく問題ない」
「は、はい……!」
「女の子たちは…………ミュウちゃん抜きで三人か。なんだか相当疲れてる子もいるみたいだし、色々融通も効くから大部屋にしましょうか。部屋の空きはまだあるし」
そうしてミュウファを除く私たち五人は、それぞれの部屋に案内される。正直ヒユウらの事を考えれば、今更ながら私は一人部屋の方がいい気もするが…………この姿で何を言おうと、あまり意味もないか。




