#4 現実的な将来設計
「そういえばシルカ、」
「むぐ?」
私が目の前の肉を夢中で貪っていると、父が突然話しかけてきた。
「いやなに。ふと、シルカは将来何がしたいのか、と思ってな」
「むぐ……っふう。それなら、以前から決めている」
「あら、何になりたいの?」
我が家に分配された分の肉を全て調理し終わり、食卓へと参加した母も話に入ってくる。
本来この年の子供であれば、英雄だの物語の主人公のような人物だのというところなのだろうが、生憎私は生まれた時から現実的に実現可能な将来の夢を確立させている。
「……私は、冒険者になるよ」
「「冒険者!?」」
二人が私の回答に驚く。私の口から冒険者になりたいという言葉が出てくるとは思わなかったのだろうか?いや待て……もしや、猛反対されるのだろうか?
「いいな! 夢がある!」
「ふふっ。ならお父さんみたいに強くならなくっちゃね」
そんなことはなかった。
「しかし冒険者か………危険な仕事もたくさんあると聞くし……うっ…そう思うと途端に不安になってきた………」
「それを言ったら、父さんの狩猟だって危険じゃないか?」
「父さんは良いんだよ」
なんだその謎理論は。
まぁでも、娘を心配する気持ちは分からんでもない。向こうからすれば、私などまだまだただの女子供。まだまだ非力ではあるし、今のままでは確実に通用しないことも重々承知している。だが………
「私は、強くなるよ。そう………グフストルくらいには、ね」
「グフストルって………あの伝説の英雄様じゃない!それは頼りにしなくっちゃね!」
「そうだな! 目標は高ければ高いほどいい!まぁ、高すぎて挫折したら元も子もないけどな!」
「……へ?」
なんだ?伝説の英雄って?
どうせ伝わらないだろうが。そんな気持ちで、なんとなく前世の自分の名を使ったのだが……思いのほか伝わってしまった。いや、ひとまずそれは良い。戦場でも相当な戦果を挙げたのは確かだし、もしかすれば街の方にも自分の名前が伝わっていたのかもしれない。
だが、なぜそんな仰々しい呼び方をされているのだろうか?
剣を振らなくなってからというもの、私はその後の生涯をずっと城の中で過ごしてきた。足を悪くして遠出できなくなっていたというのもあるが、当時は騎士たちに指示を飛ばすだけでもなんとかなっていたからだ。
そのころの私は魔物への対策、指揮官としての責任感で頭がいっぱいだったため、街で、国で起こった事などはすべて書類にほんの少し目を通すだけだった。それ故に、自分のことも、周りから見た自分というものに関しても無知であった。今思えば、私は相当な世間知らずだったのかもしれないな。
それにしても、今現在のこの世界では、過去の私は………グフストル・アンバーという男は、人々にとって一体どのような存在なのであろうか?
グフストルよ。お前は一体何なのだ?
「………まぁ。今はいいか。」
もし仮に、そこまで有名になっているのだとすれば、どうせいずれ分かるだろう。そんなことよりも、今は目の前の肉が冷めてしまうことの方がよっぽど重要な問題だ…!むぐむぐむぐむぐ……………
それからの幼少期は、村の中でただひたすらに己を鍛えた。だがそれは、国の為でも、ましてや戦場で生き残るためでもない。己自身の願望を叶えるためである。
だが、それだけではない。私の願望の中には、冒険者になりたいという思いと、冒険者にならなければならない理由というものが存在する。
まず思いの方はそのままの意である。かつての自分が抱いた、世界の隅々までこの目で見て回りたいという願い。
そして理由の方は―――魔物の根絶。
前世の私が死んでからどれ程の時間が経過しているのかは分からないが、強い感情を持ち死んでいった人間を祖とする、人類に敵対する存在が、まだこの世界には多数蔓延っているそうだ。しかも、その個体数は年々上昇傾向にあるそうだ。
いくら自由の身になったとはいえ、その存在を見過ごすわけにはいかない。これは、ある種の責任感。もしかすれば、ただの愚かな正義感なのかもしれない。だが、それでも構わない。
しかし、それを実現するためには、それ相応の戦闘能力が必要だ。この体でどこまでそれを伸ばせるか、どれだけ過去の最高到達点にまで近づけるかが問題となってくるが………
「いや……超えてやろうではないか……! 過去に飲まれるな…! できることは全てやる! 己の肉体に、精神に向き合い、ひたすらに強くなるのだ……!!」
女だからなんだ。肉体が違うだけで一体何が変わるのだ。大切なのは事実だけではない。それに至るまでの過程、思いも、決して無駄なものではない。
誰が何を言おうと構わない。私は、冒険者になるのだ。強くなるのだ。その果てなど知らない。どんな結末になるかなど、何一つ考えていない。そんな必要はない。
今世では、自分のやりたいようにやるのだ。前世では、国のために、世界のためだけにあの身を尽くしたのだ。もう十分だろう。
「まずは、剣を持てるようになる所から、だがな!」
私は走り込みの最中、笑いながらそう呟いていた。