#391 ジャルーダ・ゼンの錬気講座:前編
次の日。
正直モヤモヤしてあまり眠れなかったが、切り替えねば成長の機会を逃しかねない。いつまでも引きずってしまっていては、三ヶ月後でも結果はおそらく変わらないだろう。
そして今日、まずは知識をということで、昨日の真錬場とはまた別の部屋で、私とヒユウだけは勉強だ。剣も振れないどころか体すら動かせないので非常にソワソワして落ち着かないが、この時間も強くなるための資金石と考え、なんとか正気を保つ。
「さて、では俺の編み出した錬気について説明しよう! といっても、言語化するには曖昧な部分も多いがなぁ!」
「と、いうと?」
「ジャル君が考えた錬気っていうのは、まだまだ未完成の技術なの。なんせ、生み出してから十年も経ってないからね」
「なるほど。他国にあまり浸透していないのも納得だ」
そこから、ジャルーダによる説明が始まる。
まず“錬気”とは端的にいうと、「己のオーラを力と見たて、実際に自分の能力を引き上げるもの」とのこと。
私……私以外もだが、戦いである以上絶対に起こりうるもの、対峙。戦う相手というのは、強かれ弱かれ絶対にそいつ特有のオーラ……闘気とも呼んでいるそれを持っている。
そしてそれ自体は、相手の実力を表しているもの。どれだけの力量を有し、これまでにそいつがどれほど戦ってきたかなどの指標となるもの。つまり、それ自体は魔力などと違って、“力”に直結はしない。その者の強さこそある程度分かれど、剣圧や俊敏性、魔術の威力に直接関わることはない。
だが錬気というのは、戦闘体制に入った人間が無意識に出していると思われるそれすら己が“力”とし、実際に変換。身体能力を高めたり、魔術の出力を底上げしたり……他にも、昨日ビースがやってみせたように、少し特殊な使い方もできるそうな。
「錬気に必要とされるのは、架空の力を具現化するための集中力とイメージ。そしてそれらは、魔術に要求されるそれよりも遥かに高いものだ!」
「……要は、現実に存在しない力があると自身を錯覚させ、強化すると……?」
自分でかける催眠…………とは、やはり少し違うのだろうが、それでも……そのイメージをイメージしづらい。
「その通りだ! だが、あまり馬鹿にもできんぞ! …………人は、思い込みで強くなれる……‼︎」
「っ……‼︎ …………っぅ?」
「あっはは……シルカちゃんあんまり納得できてない感じだねぇ。ヒユウちゃんに関しては頭から煙出てそうだし」
「まぁ、今はある程度分かっていればそれでいい。これは理想の空論ではない……俺自身が実践し、そして成功している歴とした戦闘技術なのだからな!」
そこなのだ。そのイメージを確固たるものにさえできれば、私も更に戦えるようになると、奴は言っているのだ。
だが、それなら私もすでに実践している。
最強であるという自負……誰にも負けないという自信。そしてそれによって生まれる、絶対的な勝利のイメージ…………
「だがそれは、自分の命を勘定に入れていない」
「ッ……⁉︎」
「なぜ分かった……という顔だな。ヴェラリオでお前と初めて会った時から、ずっとお前はそんな感じだ。自分の命など、なんとも思っちゃいない。そうでなければ、俺との試合で我を忘れかけるほど力を引き上げたりなどしない……それこそ、あのまま続けていれば、俺が逃げ回っていたとしても勝手に死んでいくほどのな」
「えっ……⁉︎」
それを聞いた隣のヒユウは驚いた表情でこちらを向く。まぁ、なんとなくそんな気はしていただろうが。
たしかに私は、限界などない強さを持っている……と、言語化すれば多分そんな感じのイメージで戦っている。そしてそれ故に、肉体の限界を完全に無視していることは、自覚しているつもりだ。それはただ限界を引き上げるための、枷にしか過ぎないのだと…………
「戦いにおいて、最も重要視されるのは、やはり己の強さだ。強く在りたいと願うそのイメージでは……足りぬのか?」
「足りないなど決してない。だが、教えてやろう。戦いにおいて最も重要なのは……命だ。逃げに徹しているわけではない。生命が無ければ、戦場立つことすら叶わないのだからな」
「…………それは、ごもっともだな……」
百パーセント納得することはできない。それでも多分…………ジャルーダの方が正しいのだろう。
私の生きた暗き時代は、とうの前に終わっているのだ。いつまでも同じような考えに囚われてしまっていては、いつか足元を掬われかねない……のかもしれない。
「ともかく、だ。ここで俺がお前に求めるのは、もっと自分を大事にする戦い方…………」
「…………」
「……もしくは」
「っ?」
アルマロなどといい、最近似たようなことをよく言われる。そう思っていた矢先、ジャルーダは別の選択肢を口にする。にやりと、口角を上げながら。
「お前が、自身の引き上げる力に耐えることができ、尚且つそれをコントロール出来るようになるか、だ……!」




