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戦王剣は新米冒険者〜生涯無敗で世間知らずな元騎士長は、我流剣術と共に自由気ままな二度目の人生を〜  作者: 瀧原リュウ
合魔乱行編

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#291  殺意との対面、動かぬ状況

「にしても……これは流石に化け物だな……!」


「……シルカから見ても……?」


 たしかに二足歩行……であるのは間違いないだろうが、両肩にそれぞれ付いている腕があまりにも太すぎる故か、さながら前足の如く地面に拳をつけている。


 右腕は、先ほど鋼鉄の扉をど真ん中から貫通した極太の黒腕。腕の周囲だけで成人男性二人分以上あるのではないだろうかと思うほどの、やつの肉体にすら不釣り合いなもの。


 左腕は、まるで人間。と言っても、屈強な男性のそれを連想させるような、それでいてその何倍、何十倍の筋肉量を誇っているのだろうか。化け物に人の皮が張り付いたような不気味さ、そして確かな殺意に満ち溢れている。


 体長はおそらく、三か四メートルほど。天辺の尖った頭部。目や鼻といった期間は存在せず、顔に当たる部分にあるのは口のみ。人間のそれとは似ておらず、どちらかというと先ほど海洋生物がいたこの層、私たちの後ろで今も泳いでいるであろう魚類のそれに少し類似しているだろうか、本数が多く、そのどれもが鋭利な切先のようだ。噛まれでもしたらまず体は大惨事になるだろう。


「むぅ……せめてここが広ければな…………」


 穴の空いた扉を隔てた、向こう側を加えたとしても戦うにはあまりにも狭い空間。しかも向こうからすれば、己の腕力で気兼ねなくそれを広げることができる。奴にとってはなんともないほどの問題。


(こちらからすれば大問題だというのに……)


 扉同様、壁も床も鋼鉄製。瞬間的な攻撃では凹ますことくらいならできるだろうが、この戦場を大きく広げることは難しいだろう。加えて、下手をすれば後ろの扉から膨大な水が押し寄せてくる。こちらが一つ目の扉を突き破っても駄目。奴に扉を突き破らせても駄目。なんとも戦いづらい。


「まぁ、当然ジヴァードゼイレなんかと比べるほどではない……とは思うが、強さの系統が違うだろうからな……なんとも言えん」


「系統?」


「ジヴァードゼイレは、いわば炎の神のようなものだ。内に秘める膨大な竜の魔力により生み出される火属性魔術の数々は、こちらの想像を当然遥かに上回る……が、言ってしまえばそれだけ。奴にとっては炎が自身の全て。奴の力の根源であり象徴。それに対して、こちらは見た感じだが完全なフィジカルにものを言わせたパワータイプ……勝てない相手ではないだろうが、ここでやるにはやはり面倒…………ん?」


 私は問いかけてきたヒユウに対して答える。が、その中で少し妙な違和感を感じた。


 いや、空間がどうという訳ではない。それを感じたのは、穴の空いた扉の先にいる、そいつに対して。


「…………動かない……?」


 そう。全く襲いかかってくる様子ではない。こちらをその存在感で威圧こそしてくるものの、他の奴らのように敵として殺しに来ないのだ。


「…………殺意が無いわけじゃない……だが、それなら尚更何故襲ってこない……?」


 目が無いというのに、何故か視線をずっと向けられているような緊張感。ただ対峙しているだけなら感じることもないであろうそれを今もなお受け続ける。


「穴が小さいという理由だけならば、その怪力でこじ開ければいいだけ……どうして……?」


「さっぱり分からないな……」


「襲ってくるのに……何か、条件がある……かも?」


 三人もその理由までは分からないようで、私同様困惑している。


 何故、動かないのか。いや、モナの言う通り、奴が攻撃するには何かしらの条件があるのだろうか?


 


「グ………グゴゴゴ…………」


 直後、化け物は唸りを上げる。ひたすらに重く、こちらの筋繊維を強張らせるほどのプレッシャーを同時に放っている。向けられる殺意は、さながら鋭い針のよう。


 …………しかし、それでも奴は……来ない。


 こちらの様子を伺っているのだろうか、だがしかし、そのような慎重さを兼ね備えるほどに臆病な生物でもあるまいに。


「焦ったい……‼︎ もういっそのこと私から攻め入ってやろうか……‼︎」


「待て……! 今お前暴れられたら収拾がつかなくなる……!」


「んなこと言ったって…………っ……?」


 このままでは埒も開かない。私から仕掛けてやろうとしたその瞬間、慎重になっていたグレイに止められる。


 そして、そのようにてんやわんやとしていると、番人とやらは突然後方へと振り返る。


 何かがあるのかと先を覗き込んでも、結局無意味に終わる。その先は暗く、どのようになっているのかを遠くからでは視認することが出来なかったのだ。


「っぁあっ……! ……あれ……? に、逃げた……?」


 そしてなんと、黒い化け物は奥にへと消えて行ってしまう。


「いや……誘っているんだろう、こちらを……!」


「あいつにとっても、ここでやり合うのは得策じゃない……ってことか……いや、そもそもあいつにそんな思考能力があるのかも分からないが…………」


 まだまだ不可解な事は沢山ある……が、それは足を止める理由にはならない。倒すべき最大の敵がそこに現れたのだから、進む以外の選択肢など無いだろう。

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