#289 欲に塗れた研究者
「クライ……オス……? 人為的な魔人だって…………!?」
「不可能なんじゃ…………!? 本来人間の体は魔力に耐えうるように出来てはいない……だから体内に魔力を有さず、外界の魔力を利用することでしか魔術を発動出来ないというのに…………」
「だがたしかに……成功すれば人の知恵と技術、そして膨大な魔力。これ以上の潜在能力を有する人間はおるまい…………」
周囲の人間は、ディバノスを含めて全員それぞれが己の中で思考を巡らさざるを得なかった。それほどまでに、目の前でヴィーグルスが見せてきたそれは稀有な例であったのだ。
魔物の力を宿す人間……もしくは、人型の魔物。そんな存在は、ここにいるヴィーグルス以外の全員が初めて目撃するもの。そして、この先目撃するかも知れなかったもの。
おそらく、ヴィーグルスが連れてきた六人の娘。彼女らも、きっと目の前でカプセルに入れられている少年ーーおそらくまだ十歳前後ーーと同じような運命が待っているのだろう。
そう思った瞬間、その首謀者とも呼べる人物に真っ先に突っかかったこの男は、当然の如く激昂する。
「あんた……なんてことしてんだ‼︎⁉︎」
純粋な疑問、そしてそれ以上の純粋な怒り。ディバノスが感じているそれは、普通の人間なら当然の価値観からくるもの。
「そこまでしなくてもいいだろ……‼︎ 確かに国の防衛力は他国よりも劣っているのは事実……だがそれでも、ここまでしなくちゃならないほどじゃないはずだ‼︎ 今研究所で開発しているキメラだけでも、十分国の防衛力は強化出来る……それなのにあんたは‼︎」
「はぁぁ……やれやれ、まだ分からんのかね? 君は?」
そこでヴィーグルスは深いため息を吐く。まるで、ディバノスに対して呆れたかのように。なぜこのような単純なことが理解できないのかといった様子で。己が研究所の一員であるという事実が本当に正しいのであろうかとでも言いたげな表情で。
「あのねぇ……これは国のための研究以前に……私自身の研究なんだよ……! 己の欲望のままに、己のすべてを叶えるためにこの研究はある……! 上の奴らには従順なキメラでも与えておけば文句を言われることはない……ッククク……‼︎ どうだ最高だろう⁉︎ 我ら追究する者にとって、最高の場所ではないか‼︎ なぜそのような素晴らしい世界が君の目の前にあることに気が付かないのかね⁉︎ えぇ⁉︎ ディバノスクゥン‼︎‼︎⁉︎」
「っぁ…………」
狂ったように叫び、狂ったように笑い、狂ったように問いかける。完全に気圧されてしまったディバノスはすぐさま何かを言い返すことができず、目を見開いて固まっていた。
同時に、変わらず他の人間も同様。そのヴィーグルスの意見に賛同する者は当然おらず、かと言って否定すればこの研究所に居場所はない。
物申したいことは、皆にもたくさんあった。
人ではなくてもいいだろう。そんなディバノスの発言に異議を唱える気など当然更々なく、国のためと思い研究に没頭していたはずの研究所。その長たる人間の狂気に触れた面々は、今現在進行形で進めなければ間に合わないような作業を行う頭すら完全に消えてしまっていた。
「まぁ、これもいい機会か…………びこう……」
「…………は……?」
「聞こえなかったかね……? …………”間引こう”。と、言ったんだ……」
「間引く……って…………」
ディバノスは、その言葉の意味が分からなかった。が、一研究員。彼の思考能力は高い。即座に、「人間の研究をするために、完全なる己の道楽のためだけに研究所内の生物を間引き、そこで新たな研究を始めるといった意味合いなのだろうか」と解釈した。
「キメラ一体に、何人の研究員がどれだけの時間費やしたと思ってるんだ!! あんたのイカレた研究に付き合うような人間も、ここには――――うぐっ……!?」
「騒っ、がっしいッ……!!」
勇敢なその青年の言葉に耳を傾けるはずもなく、ヴィーグルスはそのまま思いつく限りの言葉を吐き続けるディバノスに向かって前進。その顔面を右掌で強く掴む。
「むぐっ……!! ぐぅぅ……!!!!」
当然、ディバノスはヴィーグルスの手首を両手で掴み、必至に外そうと試みる。
が、外れない。老人とは思えぬほどの腕力、そして握力。頭蓋を握りつぶさんばかりのそれで、なんと成人男性であるディバノスをそのまま片手のみで宙に持ち上げてしまう。
「…………服従……増強……これからありとあらゆる魔術でお前を強化する……魔力に耐えうるほどに強化された肉体にありったけの魔力を注ぎ込み、今ここで怪物を生み出す……なぁに簡単だ……対象とする人間の自我は崩壊するが、私にとってそんな物は必要ない……そう、簡単なんだよ……! 化け物を作ることなど、私にとっては……!!!!」
「ぐぐぅぅ!? むぐううううう!!!!!!」
ディバノスは諦めない。だがヴィーグルスも止まる所を知らない。
助けなど来ない。当然だ。おそらく自分だって、他の人間が同じことをされていても、固まったままだろう。この状況を打破できる力など、たかが一研究員でしかない者の中にはいない。
やがて、ヴィーグルスの魔術が次々に発動した。流し込まれた魔術は、一人の青年の全てを奪い、それを糧として怪物を作り始める―――――




