#21 愚考
凍った奴の体が甲高い音と共に一部砕ける。だがその程度でこの竜の命を立てるはずもなく、その立ち振る舞いはまるで何も感じていないかのようであった。
「だが、ダメージはゼロではないだろう……! このまま押し切る………!」
少し砕いた程度では済まさない…! 奴が体を水で修復する前に、全ての部位を砕き尽くさんと、次の部位に己の手を竜へと伸ばした……………次の瞬間だった。
「ッ⁉︎」
突如、これまで感じたことのないような感覚に襲われた。
例えるならば、空気中の水分という水分を全て消されたような………いやそれだけではない。
「かぁっ……ぁ……!」
自分自身もだ。空気中だけでなく、私の中の水分も枯れ尽くているような最悪の感覚。
人間はその体の約六割が水分で構成されている。それを全て奪われたともなれば、普通は死ぬ。
が、意識はある。そして、そんな感覚を感じるのも、ほんの一瞬の間だった。
(まずい……!何か来……)
その次の刹那、竜の体内から、奪われた水分が全放出される。そしてそれは、ただ湿度を元に戻した訳ではなかった。
高温の水蒸気。先ほどの冷ややかなイメージの攻撃パターンとは打って変わって、問答無用でこちらの命を摘まんとしてきた。
水蒸気は竜を中心に全方位へと放たれ、その範囲はどこまでかもわからない。少なくとも、今いるこの空間は余裕で埋め尽くしている。それによって私の体も吹き飛ばされ、追撃を阻まれてしまった。竜もそのタイミングで私から距離をとり、随分と離れた場所にまで下がってしまった。
(……………いくら奴とて、これほどやればかなり消耗する……ということだろうか………?)
流石に今の不意を突く攻撃は危なかった………
攻撃を外し損ねた際、何かまずいと感じた私は、咄嗟に自身の体を魔力の水の塊で覆い尽くし、なんとか己が身を守る事ができたのだ。
即死級の無差別攻撃。それを切り抜ける事ができたのは、正直ラッキーとしか言いようがない。あれだけの熱、後少し判断が遅れていたら、間違いなくやられてしまっていた………!
「思えば、水を氷へと変えるのだ。その逆がやつに出来たとて、何も不思議な話ではない……か………」
水を操る。ではないようだな。
おそらく奴の能力は、水に関連するもの全てを操るのだろう。そして、たとえその温度がゼロ度だろうが百度だろうが関係ない。氷だろうが水蒸気だろうが、雲だろうが霧だろうが奴の思うがままということだ。
「まったく……………またびしょ濡れになってしまったではないか………‼︎」
ここに来るまでで服もかなり乾いてきたところであったというのに、此奴のせいでまた気持ち悪くなってしまったではないか……いや、元を辿れば私が勝手にやった事なのだが………
「いや……そもそも奴が一瞬怪しげな挙動をしたのが原因だろう………」
いやはや、人間というのは愚かな生き物だ。すぐに責任を転嫁させようとする。だが今は真剣な命の奪い合いの最中。多少は許せよ竜よ……………
さて、どうしようか。
すでに奴の凍結は解けており、更にとうの前に体も修復されている。
(まずは、もう一度凍らせて斬れるように………斬れるように……だと………?)
そんな時だった。今になってやっと自分が言っていることに疑問を持つことができたのは。
何を言っているんだ、自分は?
思えば、怨霊の時も、分裂蜥蜴の時もそうだった。
なぜ私は、剣では絶対に斬れないと思い込んでしまっていたのだろうか?我が戦王剣の神髄を忘れたか?
全てを断つ剣。だったのではないのか?
この十五年間……いや、一度剣を振らなくなってから。そこから一切命の危機に面することなく生きてきたせいで、いつの間にか腑抜けてしまっていたらしい。五年前にプラチナボアとやった時の方が幾分かましだった………
「…………ふんっ!!」
私は己の頬を思いっきり叩いた。何度も、何度も。
自分の考えを戒めるために、愚かな考えを捨てるために、そして再び戦場に本当の意味で命を投じるために。
「……ふぅ………そうだ……儂の剣は生涯無敗……たとえ相手が竜であっても、それが揺らぐことはこの儂自身が許さん!!」
決意を改め、もう一度剣を構え直す。眼前にてこちらを見据える竜。手入れの行き届いたナイフのような殺気を存分に放ち、己がテリトリーに侵入してきた部外者を屠らんとしているのだろう。
水の体に多彩な攻撃。明らかに私と相性が悪い。だが、そんな考えは一蹴すべきだ。そんなものは、今この戦いにおいて全く必要のないものだ。
「我が名はシルカ・リザリア‼︎ 竜よ! お前のその力すらも……私の成長の糧としてやろう!!」
人の言葉が分かるのだろうか、竜は言葉を返すようにこれまでで一番大きな方向を私にへと浴びせる。この世界の魔物の頂点に君臨する目の前の存在は、それに見合うオーラと力を有している。
そしてそれを下した時、私はもっと強くなれるはずだ………!
「不甲斐ない戦いをして悪かったな。ここからは、正真正銘の全力で行かせてもらおう………参るッ!!」
勝負はこれからだ。そんな意を込めながら、私は前にへと走り出した。




