表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
戦王剣は新米冒険者〜生涯無敗で世間知らずな元騎士長は、我流剣術と共に自由気ままな二度目の人生を〜  作者: 瀧原リュウ
凍結火山編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

202/678

#202 しずかなよる

 そこから数分間。マースの記憶はない。


 自分が何をしたのかも分からず、ただ茫然とそこに立っていた。


 今彼の目の前に広がるのは、部屋の大半を埋め尽くしそうな大質量の氷。九つの子供が瞬時に生み出したとは到底思えないようなその部屋に収まり切りそうにない氷の中に、八つの人影………


 氷に閉じ込められているのはもちろんマースの家族。そして聖職者たち。


 先ほどまでマースを襲わんとしていた魔力塊は、彼の氷の猛襲によって脳内の構築式が乱れたせいでかき消され、その効力はすでに失われている。


 もちろん、八人の生命活動もとうに停止しており、それを彼らが自分たちで蘇生するなどということはない。


 助かる可能性がゼロというわけではない。今すぐ氷を全て溶かして蘇生を試みれば、もしかしたら意識が戻ってくるかもしれない。だが、もちろんマースがそれをすることはないし、家の中のために誰からも気づかれることなどない。凍っているのは窓から少し離れた入り口。故に外からもあまり確認することなどできるはずもない。


 実際、氷漬けにされた彼らが発見されるのは、今から五日後のことだった。その間、大質量の氷は一切溶けることなく、建物の中で群を抜く存在感を放っていたという……………






 その時、マースはひどく落ち着いていた。実の家族を……人を殺したというのに。


 ふと、自分の家の二階に位置するこの場所で、窓から外の景色を眺めてみる。


 すでに皆が寝静まる時間帯。外はやけに静かだった。今日、空には雲ひとつない。そして、その夜は満月だった。

 

 マースは見惚れる。先ほどの魔力塊以上に。そんなものよりも遥かに美しいそれを、どす黒い瞳でじっと見つめていた。しかし、それ以上に、彼の心を動かすものは他に存在している。


 そう。それは、彼が振り返れば、いやでも目に入る物。すなわち………氷だ。


 マースにとって、やはり氷が何よりも大切で、かけがえのない物。たとえ一度人を殺すための道具にしてしまったとしても、彼の考えは変わることはなかった。


 目を開けたまま固まっている人間の入った、今までに生み出したことのない量のそれは、いつも作っている小さなボール程度の大きさのそれと比べてもその氷の質はかなりのもの……いや、もしかすれば上回っているのかもしれないと思えるほどの美しさは、満月の淡い輝きよりもマースを魅了する物だった。


 そして、その魅了以上に、彼に安心感を与えてくれた。


 人生におけるどんな場面よりも、忘れてしまった母の温もりなんかよりも冷たいそれは、彼の心をどこか温めてくれる。


 そう。氷は嘘なんてつかない。とても正直だ。氷越しに見える世界は、いつも見ているそれよりも、どこか美しく見えた。


 澄んだ氷は、マースの唯一の心の拠り所。もはや、家族なんていらない。友達もいらない。ペットも、己を理解してくれる者もいなくていい。彼には、氷さえあればそれでよかったのだ。


「………なら、全部凍らせちゃおう」


 彼は無意識に、そう言葉として放った。いつぶりか分からないほどの言動であるせいか思ったほどの声量は出ていないが、誰かに伝えているわけでもない。自分が自分で分かっていればそれでいい。


「澄んだ氷が、僕を安心させてくれるんだ……氷だけが僕の家族……氷だけが僕の友達……氷だけが………僕の居場所」


 だから、全部凍らせちゃおう。マースはそう思った。子供故の、単純な発想だった。


 町も、海も、山も、全て。もう、部屋から出ちゃだめだという人間はいない。もう、誰かが怯えてもどうだって構わない。もう、自分を止める者は誰一人として存在しない。


 想像した瞬間、マースは一気に口角が釣り上がった。それは今までの表情とは比べ物にならないほどの薄気味悪い貼り付けたような笑み。不気味などを通り越して、もはや悍ましさまで感じてしまうほどの。


 その瞬間、マースは最高の気分を味わっていた。何もかも好きにできるという、これまで許されなかった子供の特権。それをようやく行使できるという少年のうちなる興奮は、もはや隠しきれないほどにマースの顔に滲み出ていた。


「楽しみだ……! まずはどこから凍らせようかな……!」


「それならば、とっておきの場所がある」


「ん……?」


 無邪気に考えを巡らせようとしていたマースの耳が、聞いたことのない人間の声を感知した。


 マースはゆっくりと後ろを振り返る。すると、空いた窓から、一人の男が入ってきていた。薄気味悪い緑色の肌に、濃い青色の瞳。青白い肌はとてもじゃないが健康そうには見えない。


 高い身長の割にあまり肉の付いていない年老いた大男は、ただ悠然とそこに立ち、マースをじっと見つめていた。


「おじさん、誰?」


「私の名はヴィーグルス。少年よ、私が力を与える……そして仕えよう。君の望む世界の果ては、一体どのような景色なのかな?」


 男は優しく微笑んだ。深くしわの入った強面という笑顔には似合わないような顔で。


 無垢な少年は分からなかった。今後、少年の人生を大きく揺るがせてしまう、自らの選択の意味を。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ