#2 騎士長、転生
そうして月日は流れ―――――
「指揮官! 街近辺の森にストーンボアの群れが出現しました!」
「指揮官! 洞窟の方ではロンゲストスネークが暴れまわっており……」
「指揮官! 怪鳥の群れが街に……」
「………あぁ。まずは一つずつ解決するか……」
儂、王国直属騎士筆頭指揮官グフストル・アンバーは、現在八十四歳。とっくに退役していてもおかしくない、どちらかと言えば退役していない方がおかしいほどの年齢。
だが、ここで生まれここで育ち、この場所と戦場しか知らない自分に行く宛などあるはずもなく、過去の功績のおかげもあってか、最前線ではないものの、今もこうして騎士として勤めを果たしているわけだ。
最近、こうして剣から、戦いから離れて執務室で指揮するだけの日々を過ごしていると、嫌でも分かる。おそらく、もう自分は長くはないだろう。この歳、それに加え長年の無茶によってかなり肉体にダメージが蓄積されていると医者に診断された。仕方のない事である。
ならば、生きている内に出来るだけ魔物からの脅威を減らしておきたい。未来を担う若い芽が、しっかりと根強く育つためにも。
騎士もそうだが、冒険者の数も昔より遥かに増えた。そのおかげもあり研究は順調に進み、二十年の月日の末、対魔物に効果のある武器の作成などにも成功していた。日々尽力してくれている城の研究員たちには感謝せねばなるまい。さて、早速問題解決に取り組もうか―――――
そうして今日も業務を終え、自室へと戻ってくる。
今いる人間でも儂はここでは古参。本来数人で狭い一部屋のところを、国王の計らいにより特別に城内の空き部屋を使わせてもらっている。
大理石の床の上には豪華絢爛という言葉が相応しいような絨毯が敷かれており、更にはキングサイズのベッド、ふかふかのソファに上質な木で作られたテーブルの他にも、箪笥、クローゼット、本棚等の収納それらを含めても上に何も置かれていない床の面積の方が広いのだから驚きだ。トイレと風呂も隣接しており、天井にはシャンデリアまで吊るされている。それに加えてベランダまで存在するという、自分にはもったいなさすぎる空間。
些か贅沢すぎると王に申したのだが、「お前はこれでは足りぬほどの働きをしている。」と聞いてくれやしない。
「ふぅ………」
体が思うように動かんというのは実に不便だ。机仕事がほとんどであるというのに……これを昔の儂が聞けばさぞ大笑いだろう。
入口から着替えもせずまっすぐにベッドまで向かう。一度腰を下ろしてからゆっくりと仰向けに寝転がり、ため息一つ。重力に身を任せ、ベッドに自分の身体が沈んでいくのを感じる。
そこから、流石に寝巻へ着替えようと起き上がろうとする。だがしかし………
(む……? 身体が………)
手が、足が、胴が。ピクリとも動かないではないか。こういったことになるのは、今日が初めてではない。だがそれは、ただ動きたくなかった時の事。動かそうと思えばすぐに動かせるものだった。
始めはその類であろうと、勢いを付け起き上がろうとするが、それでも全く動かせない。
金縛り、というやつであろうか?あるいは………
(そうか………ついに、訪れてしまったのか………)
正直、まだ考えたくなかった。あと十年は先と思っていた。
訪れたもの。それは、寿命。即ち天命が尽きようとしているのだ。
人間、いや生物であれば平等に訪れるそれは、別に不思議な事ではない。これは自然の摂理、来てしまったのであれば、受け入れねばなるまい………
ゆっくりと意識が消えてゆくのに抵抗することもなく、儂はこれまでの人生を振り返る。神が最期の手助けの如く見せてくれる走馬灯のおかげで、わざわざ思い出す手間が省けるのは、この老体には非常に有難い。
すっかり忘れてしまっていた両親の笑顔、苦楽を共にした仲間達。騎士として、部隊長として、そして騎士長として生き抜いてきた戦場の数々………訓練の日々……戦場………
(……振り返ってみれば、戦場の事ばかりだな………)
後悔はない。やり切った生涯。己の意思を貫いた一生だった。事実、魔物という脅威は残っているが、それでも以前の世界よりかは幾分かましにすることが出来たと思っている。
たった一人の人間がここまで世界に影響を与えることが出来た。この点に関しては、我が誇りだと、胸を張って答えられる。
ただ……もしも……もしも一つだけ我儘が言えるのであれば………
一瞬、その一瞬だけ、儂はほんの少し瞼と口を開くことが出来た。
「……この世界には…戦場以外に………一体…何があるのだろうか………?」
(もしも………再びこの世界に生まれ変わることがあれば、その時は………冒険者にでもなって…世界の全てを………見たいものだな………フッ、年甲斐ないな………)
人知れず笑みを浮かべ、とうとう儂は完全にその目を永遠に閉ざすこととなった―――――
だが一瞬、あるいは遥か長い年月のように感じる暗闇に、光が差し込んだ。
それは、間違えることなどない太陽の暖かな光。
(ふむ……天上の世界は実在したか………いや待て……これは、違………んなっ!?)
儂はすぐさま辺りを見回した。木造の建物の中にいることはすぐに把握できた。だが、変わらず身体は思ったように動かせず、声を発そうとしても上手くいかない。
幸いにも視線、そして首は動かせる。それらを活かして辺りを見回すと、そこには鏡があった。
そこに映っているのは、可愛らしい赤子。
見たところ女の子。真っ青の瞳に水色の髪。おそらく水属性の魔法に優れた子なのだろう。それにしても、実に可愛らしい。この年になって、今更このような孫が欲しかったとさえ思ってしまう。だが見ている内に………気づいてしまった。
(………この子……儂か!?)
自分が腕を動かせば、その赤子も同様の動作を行う。口を開いても同様。どんなに瞬きしても変わらず、なにより鏡にその他の人は映っていない。
自分自身、ほんの少し願った生まれ変わり。そしてそれが叶ってしまったという事実に、驚きを隠せずにはいられなかった。




