#19 対水の九天竜、開戦
流石に見るのは初めてだが………なるほど、こいつは凄まじい……!
自然と背中に冷たいものが走るのがよく分かる。堂々と、そして凛とした立ち姿は一種の芸術作品のようであり、城にいくつも存在していたどんな美術品も霞むほどの美しい翼。古い伝説が記された本に載っていた奇怪な姿とは全く違うものが、今私の目の前に存在していた。
(勝てるか……? 正直これほどまでの奴が出てくるとは思っていなかった……!)
ふと感じた不安と疑問。だが自分でもよく分かる。そんな考えとは裏腹に、私の口角は今どうしようもないほどに吊り上がっているのが……!!
その直後に一帯に響き渡る竜の咆哮。その声は甲高く、だがしかし不快な高さではない。
確かな圧倒的迫力、そしてどこか美しいその叫びは、この瞬間に私の脳裏にしっかりと焼き付けられる。
すると、とうとう竜がこちらをしっかりと見つめながら少し足の感覚を広げ、構える。どうやら臨戦体制に入ったらしく、私をこのまま生かして帰るつもりなど更々ないらしい。
「………ふふ……ハハハ………! 竜よ、手合わせ願おうじゃないか……‼︎」
どっちにしろ、滅多にない貴重な機会だ。なんせ、あの伝説の竜と戦えるのだから。
心の底から湧き上がってくるこのゾクゾクとした感覚。前世ではこのようなもの一度たりとも感じたことがなかった。
ただ平和のために剣を振るい、そこには私情など一切含まれておらず、ただ敵国の人間を斬り続けた。だが、今は違う。
今はただ、自分のために。己が強くなるために、望んで戦いに挑むのだ。
愛剣が、そして私自身がどこまで耐えられるのかは分からないが、そんなことは逃げる理由にはならない。だからと言って、ここで死ぬつもりも毛頭ないし、今の両親に何も言わずにこんな場所で命を落とすのも気が引ける。
「さぁ………行こうか!!」
先手必勝、私は今出せる最高速度でスタートを切る。
竜がどのような攻撃を仕掛けてくるのかは分からない。しかしだからと言って待っていても仕方がない。まずこちらから仕掛ける………!!
相手が相手だ。初手から一気にフルスロットル、今出せる最大火力の戦王剣……! されど今の体の負担を考え、最小限の動きを意識しつつ、竜めがけて最大火力の剣撃を放つ……!!
「ハァァァアアア!!!!」
ぱしゃっ
「ッ⁉︎」
今、確かに私の剣は奴の首元めがけて放たれた。そしてその皮に刃が触れ、このまま一気に振り抜く。そう思った矢先だった。
その首がまるで水で形成されているかのように、何もない水の中で剣を振り回したような感覚とともに、私の一刀は水音を立てる奴の首をすり抜ける。
ファーストアタックは失敗に終わったが、私の攻めの姿勢は絶対に曲げることはない。少し斬った程度では意味を為さないことは分かった。ならば、今度はその首を完全に両断してみようか……!
パリリパキパキ………
「なんだ……?」
なんとか首を断ち切ろうと攻め続けている最中、突如としてあたりから氷が形成されるような音が聞こえてくる。
周囲に目をやって見れば、竜を囲むように、直径五センチほどだろうか。それほどの氷の礫が形成され、宙に浮いている。そしてそうなった以上、やってくるものは決まっている。
竜がそのまま私から距離をとり、その道中にその氷の礫を一斉に放ってくる。その数、数百では効かないだろう。
「上等……! 全て弾き落としてくれる……!」
集中力を極限まで高め、そしてそれを更に目に振る。無理やり引き上げた動体視力で迫り来る礫を正確に視認する。
「スゥゥゥウウ……………ッッッハァァアアアアア!!!!」
落ち着いて、そして一気に己の体に酸素を回す。そこから、脳と筋肉を一体化させるイメージ。これにより私の身体の最大限のパフォーマンス。それを一時的にだが上回る!
剣の届く範囲に入ってきた礫を片っ端から叩き割っていく。だが二刀流などならまだしも、今私は剣一本。普通にやっては流石に物量で押し負ける。一個ずつ潰すのではなく、一刀でできる限り多くの礫を落とす。
そうしている間に、一つどうしても間に合わない礫の攻撃。私はそれをサイドステップで躱した。するとどうだろう? その礫は躱した私の元にへと方向転換してくるではないか。
「ハッ、追尾系か! ならば……‼︎」
戦王剣とは少し違うが、ヒットアンドアウェイでやろうか……!
私はそのまま躱した方向に向かって全力でダッシュする。そうすれば、私に食らわせてやろうと礫が一気にこちらを追いかけてくる。
幸い、礫の速度より全速力の私の方がスピードは上だ。たっぷりと引きつけておいて、そこから体の向きを反転。少し余裕を残して一塊となった礫を一気に破壊する。
「炎圧旋風波!!」
その熱波は、竜の放った氷の礫を砕き、そして溶かしていく。次第に私の元へと向かってくるそれは完全に消滅した。
「だが、この程度で終わるほど、お前は甘くはないのだろう? 竜よ……!」
その言葉に、ファレイルリーハが人の言葉で何かを返すことはない。シルカへの返事となったのは、高い咆哮と、追加の氷弾であった。