#18 伝説上の頂点
さて、この洞窟に落ちてきてからかなり進んだが、一向にその果てが見えない。
どうやらこの洞窟は私が考えていたよりも遥かに大きなものであった。狭まってくるかと思っていた自然の通路も、逆にどんどん広がっていく始末である。
「……随分と出てくる魔物が減ったな………」
少し前から気になっていたが、気のせいだと思っていた。がしかし、気のせいでは済まないほどに私の前に出てくる個体数は激減した。
これだけ大きな場所なのだ。ここまで百は超えない程度の魔物を屠ったが、その程度で全滅するほど数は少なくないであろうに。
「魔力の密度が相当濃い………襲ってこないというよりかは、ここに近づけない……といったところか………」
常人ではまず近寄ることができないようなこの空気中の魔力の濃度。濃度が高すぎる魔力は人の身を滅ぼしかねず、それは私とて例外ではなく、未発達な今の私の体ではこの時点で少し厳しい。
今はなんとか自身の魔力へと変換して身体中に纏っているからなんとかなっているが、この三倍……いや、倍の濃度にでもなれば、おそらくこの魔力の鎧とて耐えられないだろう。通常時でも耐えれるほどに、自分ももっと鍛えねばならないな。
「だが、ここまで来て引き返せと?」
はっきり言おう。それは無理な話だ。
好奇心よりも理性が勝るのならば、端から冒険者など志していない。一度冒険を始めたのなら、私の中で止まることなど許されないのだ。
「さて………この先には何があるのやら……!」
期待に胸を膨らませ、私は立ち止まることなく、何事にも躊躇うことなく進む。この先にあるであろう、未知の何かをこの目で見るために。
今この時をもって、九天竜の一角、ファレイルリーハが湖底の蒼洞窟の最奥にて目覚めた。どこからともなく現れた侵入者の存在を確実に察知したのだ。
もうその侵入者はすでに、自分のテリトリーとも呼べる領域の中にまで入ってきている。種族は人間。本来人間程度が踏み入れられるような環境ではないことを自分でよく分かっているファレイルリーハが、もし仮に人と同じ思考を、感情をもっていたのであれば、酷い困惑、そして苛立ちを感じていることであろう。
あまりにも美しく、そして濃い瑠璃色の体。四本の足でしっかりと大地を踏み締め、背には体全てを覆い尽くさんとするような大きな翼を携えている。対照的な金色の瞳は、これから己の前に現れるであろう何者かをしっかりと見据えているようであった。
それは竜。これまでのこの世界の歴史の中でも多く語られている存在。
それは竜。神の御技を思わせる圧倒的な能力を持つ存在。
それは竜。この世界の生物の頂点に堂々と君臨し、その地位が揺らぐことは決してない絶対的存在。
それは、水の九天竜ファレイルリーハ。万水を行使する竜。そしてそれは、魔力により生み出された水ではない。無から有を生み出す。そんな奇跡の技。この世界の常識の壁すらを打ち破るその力は、他の竜を除く生物に太刀打ちできるものではない。
そして、そんな存在だと知らず、ファレイルリーハに挑まんとしている少女がそれと相対する時は、もうすぐそこにまで迫っていた……………
「ここは………!」
さらに奥へと進んでみれば、ただでさえかなり広かった洞窟の中でも、さらに開けた場所に出た。
辺り一面青い水晶で埋め尽くされたその空間はまるで別世界かのような幻想的な雰囲気を醸し出しており、思わず見入ってしまうほどの魅力があった。この洞窟の中で最も美しい場所。そして、この洞窟の中で最も魔力で満ちている場所。
この更に奥にへと続く道は、見渡すかぎりどこにもない。つまり、今私がいるのが、この洞窟の最奥だということだ。そして、ただ魔力で満ちているわけではないことは、この空間に足を踏み入れた時から感じている恐ろしいまでのプレッシャーで十二分に分かっている。
「……‼︎ お出ましか………!!!」
受けるプレッシャーがどんどん強くなっている。そしてここまでのものは、これまでの人生、前世を含めたその中でも感じたことのない域を遥かに超えている。
戦場でもかなりの猛者と相対してきた私だが、今感じているこれは、そのどれとも違う!!!
私の中にある警戒アラートが最大音量で鳴り響く。危険信号が、本能が脳に逃げろと本気で訴えかけてくる。
思わず私の体は震えた。だがそれは、決して恐怖によるものではなかった。
これは……………正真正銘、武者震いだ………!!
「さぁ…! 何が出てくる……どんな魔物だ⁉︎ あるいは神でも出てくるか⁉︎」
バギギギガガァァァァァァッッッ!!!!
そんな私の叫びに呼応するように、それは私の目の前に姿を現した………が、
「………水?」
目の前の地面が大きく割れる。
天井も同様。そして壁までもに突如として亀裂が走る。現れようとしている圧倒的存在の前に、岩石の耐久力でも耐えきれなかったとでもいうのか………と思いきや、今度はそのヒビから大量の水が沸いてくる。初めは拍子抜けだったが、そんな考えが誤りであったということに気づくのは、その直後だった。
私の目の前で、その水は一つの場所にへと集まり、そして固まっていく。無限とも思える水の凝縮ののちに、奴はその体の形成を終了した。
「………まさか……………本当に竜とはな………!!」
そしてやっとこさ私の目の前に姿を現したのは、私の想像を遥かに超える存在………伝説上の存在であり魔物の頂点、竜そのものだった。