#178 特殊な錠
「ははっ……あれだけ鍵が欲しい鍵が欲しいと言っていたが……まさか既に一部手に入れていたとはな……!」
私は欠片を眺めながら呟いた。
どうやら一度くっつけた欠片はそのままらしく、一つの大きな欠片となったそれは、もう再び分離することなどはなさそうだ。磁石でもなさそうなこれらがどういった原理でくっついたのかは分からんが……まぁきっと、なんらかの魔術だろう。
「………いや……鍵とは限らないんじゃないか?」
「へ?」
するとなぜか、さっき私と共に驚いていたグレイがそのようなことを言ってくる。あまりにも突拍子がなかったものだから、思わず変な声が出てしまった。
「グレイもさっきそう思って私に振ってきたんだろう?」
「いや……くっついたそれはなんなんだろうとは思ったが………どう見てもまだ鍵には見えないし………」
たしかに、今の欠片の形状は、半月を更に少し欠けさせたようなものだ。グレイの言うように、確かに今のままでは到底鍵には見えない………見てくれは、だがな。
「んっんっ……! 少々取り乱したが……まぁそれは置いておいて……少し勉強しようかグレイ。ついでにヒユウも」
「ここにきてまで⁉︎」
「まぁそう言うな。知っておいたら得するかもしれんぞ」
冒険者試験のために、およそ一週間で相当量の知識を一気に詰め込んだヒユウ。試験が終わって数日経っている現在でどれだけのそれが頭に残っているのかは定かではないが、それでも当分は勉強したくないとも言っていたし、ましてや初クエストのこんな場所にこんな環境。しかもおまけに相当疲れている時。勉強するには最悪のコンディションであることは重々承知しているが、私はそれに構うことなく説明を開始した。
「じゃあまずグレイ。さっきの扉のような南京錠を開けるためには、一体何が必要だ?」
「え……? 鍵じゃないのか………?」
「そうだ。鍵だ。」
「……………」
私の投げかけた質問に呆気なさを感じたのか、グレイは私は何が言いたいのだろうと言った顔でこちらを見てくる。というかなんだその胡散臭い占い師の予言を聞いたかのような目は。
「はい、じゃあヒユウ。南京錠の鍵を失くし、もう絶対に見つからない……それでも鍵は絶対に開けなければならないといった状況に陥った場合、お前ならどうする?」
「う〜〜〜ん………刀で斬っちゃう、とか?」
「まぁ、悪くないだろう。普通の南京錠であれば、それでもきっと可能だ」
斬る、溶かす、砕く……錠を解く方法は一つであれど、壊す方法ならば他にも色々あるだろう。
「普通の?」
そう。言葉の通りではあるが、あの南京錠はただのそれではない。少し特殊なものだった。
「高等の魔術師などの研究資料というものはな、それはそれは厳重に保管せねばならん場合があるんだ。そしてそんな時に用いられているのが、個人認証魔力錠なるものだ」
「魔力錠? ……魔力で作られた南京錠ってこと?」
「いや、錠自体は金属製だ。だが、その金属が少々特殊な代物でな。人の生成した魔力を流し込むと、それを記憶してしまうんだ。そしてそれを記憶した金属は、他の者の魔力を一切受け付けない……絶対にだ」
「「絶対に………」」
開発当時は流行病の影響もあって、試作品が完成間近という時にその金属に記憶させた魔力を生み出した者が亡くなり、それを引きずるように作成は難航……結局実用化されることになったのは、開発から三十年も後のことだ。
「一度魔力の入った金属は、自分以外の全てを拒む……そして逆に言えば、同じものの魔力を覚えているのならば、別のそれとも繋がる………」
「えぇっと……つまり、どういうこと………?」
「簡単に言えば、その金属で作った錠と鍵。それら両方に同じ者の魔力を記憶させれば、その鍵以外で絶対に開くことのないほぼ最強の盗難防止方法だ」
「なるほど……面白いものもあるんだな………というか、そんな金属、ニルムヘイズでも見たことがないが………」
「相当希少価値が高くてな。鋼の……大地……だったか? 私もそこまで詳しいわけではないが、そんな感じの場所でしか採れない上に、取れる量が魔石と同等かそれ以下。実用化と言っても、持っていたのは相当高位の魔術師か、よほどの金持ちかだ」
レイヒルト城の宝物庫にも使われていて、当時の国王の魔力を記憶させていた。その中には王族以外入ることを許されておらず、もちろん私とて中に入ったことはない。
「さて、そろそろ話を戻そう……結論から言えば、あの最奥の扉に取り付けられていた南京錠から感じた魔力……そして、この二つの欠片が繋がったことで強まった魔力……それは合致している。これはあれを開くための鍵で間違いない……! そして、残っているであろう欠片を全て集め、鍵を完成させることができたのならば………」
「扉の先へと進める……ということか」
「その通り………!」
「それなら、休んでなんかいられないね!ずっとここにいるのもあれだし、他の場所にも行ってみようよ!」
ひとまず目的がはっきりしたことでやる気が増したヒユウは、多少元気を取り戻して魔法陣にへと向かい、私とグレイも同じように続き、魔法陣により転移した。




