#17 高ぶる心、そして待つのは………
「……なんだか奥に行くに連れて、どんどん空気中の魔力が濃くなっているような………」
本来空気中に存在している魔力を感じるためにはかなりの集中力が必要なのだが、今いるこの場所はただ歩いているだけでもその存在が分かる。
何やらあちらこちらに生えていた鉱石の数も、その色の濃さもどんどん増している。いよいよ何かが良そうな雰囲気だ。
この洞窟で見かける魔物は、先ほどの分裂蜥蜴の他にも何種類かいた。
まず、分裂蜥蜴の色違い。赤いやつと青いやつがいた。赤い方は口から火を噴き、青い方はこの洞窟と色を同化させてこちらを翻弄してきた。さらにそいつらも緑のやつ同様、腕を切ろうが尻尾を切ろうが、頭を割ろうが心臓を貫こうがすぐさま再生しおった。やはり剣で倒せないのがもどかしい………!
続いて飛竜……のような魔物。体長は五、六十センチほどで、羽が四つある。分裂蜥蜴共よりは再生力が劣っており、一つ羽を斬り落とせば飛行能力も格段に落ちるため、その後の処理も比較的楽だ。相当切り刻めば剣でも倒せなくはなかった。だがあまりにも効率が悪すぎたため、結局再び洞窟の面積を増やす羽目となった。
あとは、蛇に足が付いたようなのもいたな。なんと表現すればいいだろうか………なんだろうか……………竜になろうとした蛇が進化する過程の途中で止まってしまった………みたいな?
正直、先ほどまで挙げた奴らと比べたら全然大したことのない魔物であった。なんというか、いろいろと不憫な奴だ。
「一体どうなってるんだここの洞窟は………」
どこもかしこも特殊個体と呼べるような奴らばかり。ここまでかなりの数戦闘をこなしたが、戦ったどれもが森の猛獣などとは比べ物にならないほどの強さ………いや、地上の遺跡の中の奴らとも一線を画すような魔物ばかりだ………
「もしや、ここは遺跡とは全く違う場所なのだろうか……?いやそもそも「遺跡」ではないな。どう考えても」
遺跡とはそもそも、大昔の人間が作った建造物などのことだ。そして今私がいるのは、明らかに自然によって生み出された場所である。
「となれば、このまま先へと進むのは危険か? ……………いや、」
それでいいのか?私は自分の心にそう問いかける。
偶然辿り着いたこの洞窟。降り立って早々酷い目に合ったものの、今までにない歯ごたえのある魔物と何度も戦うことが出来た。そしてそれは、今の私が最も欲しており、今日遺跡へと足を運んだ理由であったはずだ。
であらば、一体何を躊躇う必要があろうか?
そうだ。これも一種の冒険だ。冒険者を志す者として、こんなところで引き下がるわけにはいかぬだろう。
いけるところまで行けばいいのだ。途中で力が及ばなくなれば、そこで引き下がればいいのだ。何も冒険とは、一度行った場所は二度と来れないわけではない。冒険において、自分や仲間の命よりも優先すべきことなど何もないのだから。
「進んでみよう……!一体どのようなものが待ちわびているのだろうか………!」
己の中で膨れ上がっていく胸の高鳴りを感じる。このワクワク感は、前世ではほとんど味わうことのなかった感覚だ。
私は、今物凄く楽しい。まだ先がある。まだ剣を触れる。まだ冒険は終わらない!
……これだ。この未知に挑むこの感じがたまらない。まだ冒険者にもなっていないひよっこ同然の身ではあるものの、きっとこの気持ちは他の冒険者が感じているそれと同じもののはずだ。
「これまで出てきた魔物の傾向からするに………竜。そうだな! 奥にはもっと強い竜がいるはずだ! まぁ、流石に最強クラスの奴ではないだろうが」
巨大蜥蜴、飛竜擬き、そして不憫蛇。なんか一体変なのが混じってる気がするが………なんでもいいか。ともかく、竜に関連するような魔物が多い。そして個々のあの強さ。おそらくそいつらとは比べ物にならないほどの強さの魔物が、この遥か奥にいるはずだ。
「行って何もいませんでしたは流石に拍子抜けだぞ。絶対に何かいるはずだ。そいつはきっと、私の更なる成長の糧となることだろう!」
こんなことを言ってはいるが、決して私は戦闘狂ではない。ただ、老いによって剣を振れなくなるという経験により、強敵と剣を交えることが出来る喜びを知ってしまっただけなのである。
しかし、今後魔物と戦い、文字通りの平和な世を創ろうとするならば、それに見合った強さが必要だ。実力に見合わない見据えた、あるいは望む未来など、ただの妄想以上の価値などないのだから―――――
そうしてシルカが湖底の蒼洞窟、その更に奥へと進む中、その最奥では、一匹の竜が眠りから目覚めた。
己の魔力により生まれた同胞たちの命がどんどん消えていくのを感じていた竜は、着々と迫りくるその存在と戦うべく、すぐさま臨戦態勢へと入る。
竜の名は、ファレイルリーハ。かつて伝説の九天竜の内の一体に名を連ね、今もなおその力を健在のまま有する、万水を操りし神魔。
そんな一体の竜ではあるが、その姿を見た人間は一人として存在しない。なぜなら……………
この湖底の蒼洞窟は、現在の例外を除く主力たち――第二階級の冒険者の最高到達点でさえ、洞窟全体の四割にも満たないのだから。