#16 嫌な予感は当たりやすい
一方その頃、村の男たちは畑仕事に勤しんでいた。
ここ数日でかなり肉のストックが溜まったおかげで今日は狩猟の予定はなく、日々命をかけて村の者に良い物を食べさせてやろうと奮闘する彼らも、本日ばかりは穏やかな気持ちで労働に勤しむ。
とは言っても、結局重労働であることに変わりはなく、鍬を振り下ろす男たちの中には体を痛める者もいた。
「あいたたた………もう五十近いし、年かねぇ………」
「ははは、エアードさんならまだまだいけますよ。でもかなり動きましたし、一旦休憩しましょうか」
畑の面積を足したとて、この村の面積はそこまで大きいわけではない。小さな家が十から二十あたり。共同施設が数ヶ所。それらに隣接するようにそれぞれの家が持つ畑がある。
シルカとナルクの家は隣合わせに存在しており、家族間の交流もかなり多い。そのため片方がもう片方の家に入るのにも、今更何の躊躇いもないわけだ。
用のため外に出ている妻と、鍛錬のため村の外へと向かった娘がいない静寂に包まれた一軒家の中で、男二人は椅子に腰掛ける。
「どうぞ。何やら珍しいお茶だそうですよ」
「おぉありがとう……………ほぉ……美味い。心が落ち着く香りと味だ」
「村に寄った冒険者の方から頂いたんです。最近の私のお気に入りなんですよ」
珍しい薄い黄緑色をした茶。多く流通している紅茶などとは全く違う品であり、飲んでいると何だか疲れが取れ、そのまま心地よく眠ってしまいそうなほど。これが紅茶であればこの休憩時間に二杯三杯と飲んでしまうのだが、そのお茶は一杯だけに二人とも留めておくことにした。
「それにしても、シルカは今日も森で修練か。大した子だな全く」
「いえ、今日は湖畔の瑠璃遺跡の方に――――」
「何だと⁉︎ あそこに行かせたのか⁉︎」
シルカ父の返した言葉に、彼は思わず椅子から立ち上がった。
湖畔の瑠璃遺跡。その名前には、ナルク父もよく聞き覚えがあった。なんせ、かつてシルカ父と共に己の修練に励んだ場所でもあったからだ。しかしだからこそ、そこがいかに危険な場所であるのかを知っていたのだ。
「……いくら魔物がおらんとて、まだ早いのではないか……? 私たちが初めてあそこへと赴いたのも、得物を振り始めて十年は経った頃だ……年齢的にもいい大人であったし、そこから一年、私らでもあそこの獣共相手にまともに戦うことすら出来なかった……いくらシルカとはいえ、あの場所は些か早すぎやしないか……?」
「今のあの子は、私なんかよりもずっと上ですし、心配はいりませんよ。それに、あまり奥には行きすぎるなと念を押して言っておきましたから」
「それに、あの遺跡の下には、第二階級クラスの実力で最低ラインと言われる湖底の蒼洞窟があると聞く………最奥にはかの水竜の住処があるという噂まである……まぁ、あそこは洞窟とは繋がっておらんし、大丈夫だとは思うが………」
「えぇ。きっとまた、「歯応えがもう少し欲しいところだ」なんて言って帰ってきますよ―――」
いかん、完全に頭に血が上ってしまった………
不愉快極まりなかった蜥蜴を倒せたのは良いものの、爆風のせいで洞窟が決して小さくない規模で広がってしまった………いやまぁ、街中で同じことをするよりは遥かにましであろうということで、さっさと切り替えることにした。とりあえず、この服と剣に着いた血をどうにかせねば……………
「いやぁ、地底湖があって助かった……!」
真上に湖があるからだろうか。かなりの量の水がこの洞窟にも存在しており、そこで服と剣に着いた血を流しつつ、自らも水浴びすることが出来た。こんな場所に誰もいないだろうし、一時的に裸になったところで問題もなかろう。
どうやら、さっきの分裂蜥蜴の血は水溶性であったらしく、幸運なことに血も臭いも水だけで完全に取れてしまった。まぁその代わりに一式水浸しになってしまったが、あのまま探索と戦闘を続けるよりは遥かにましだろう。剣の切れ味も元通りになって嬉しい限りだ。
「しかし……あんな蜥蜴初めて見た………あれがこの洞窟の主………な訳はないだろうし……あれと同じのがそこらへんにいるのだろうな………」
透き通った水で体を流しながら、私は一人考えを巡らせる。
不慮の事故……そう。不慮の事故で地上から落ちてきてしまったわけであるが、上の魔物に比べて、この下層の魔物のレベルは先ほどの奴らとは桁違いだ。どうやらこの遺跡、私が思っていたよりもかなり歯応えがある場所らしい。教えてくれた父には感謝しなければ。
「いや、奥まで行ったことがバレたら怒られるか……? ……いや、不慮の事故だ! 仕方なかろうて!」
こう言う場合は切り替えが大事なのだ。そう自分に免罪符を言い聞かせ、私は十分血や汚れを洗い落とせたので地底湖から上がる。
岩の上でほんの少し乾かしていた服を着て、手慣れた動作で髪を一纏めに結わえ、最後に剣を背中に背負う。服が湿っているので動いた時に不快感はあるが、戦っている間にきっと乾くだろう。
「よし、もう少し先へ進んでみるか!」
そうして再び準備もできたところで、この遺跡のさらに奥へと歩を進めていく。