#15 苛立ちは徐々に蓄積する
「……っつつ………っと、こりゃまた広い空間に落ちてきたものだ………」
てっきり遺跡の空間は地上にしかないものだと思っていたのだが、どうやら地下にも存在していたらしい………というよりかは、遺跡に隣接する形で違う場所に来てしまったのだろうか?
ひんやりとした黒に近い青色の洞窟と例えられる空間では、ところどころで鉱石が輝き、水滴の音が定期的に響き渡り、その中には魔物の呻き声も混じっている。
というか、これ元の場所に戻れるのか……? どうやら随分と落ちてきてしまったようだが………いや、元はと言えばあの怨霊のせいだ………! まったくなんだ、剣で斬れないとは忌々しい……! これほど剣士として腑に落ちない存在があるか………!
「………まぁいい。元々鍛錬のためにここへ足を運んだんだ。場所が少し違えど、戦うことが出来るのであれば、何の問題もない」
今はこれからの戦いに集中だ。あの怨霊を普通の剣でも斬れるようになってやるわ………!!
「シュロロロロァァアアア………!!!!」
「っっやぁぁあああッ!!」
先に進んでいると姿を現した蜥蜴型の魔物。地上の湿地帯などによくいるリザードマンのような人型ではなく、普通の蜥蜴が巨大化したような姿をしている。
体長は一・五メートルほどだろうか。橙色の鋭い眼。緑色の皮膚は怪しく濁っているが、一部はまるでエメラルドかのように輝いている。実際にも資料でも見たことがない魔物だ。
「ふむ……再生能力が高いな」
「シィィィッルルルシュゥゥゥ………!!」
前足を切断したのだが、奴の身体が地面に着く前に再生してしまった。再生した前足は体液のようなものが付いており、少し離れていても分かるようなほんのりと酸っぱい臭いが漂っている。
「ならば、頭から叩き斬るのみ……!!」
私は剣を正眼に構え、そのまま地面と垂直になるように立てる。そこから剣を少し後ろに引いて――――
「一気に前へと押し込む……!!」
「ギュラッ!!!?」
そのまま蜥蜴は盾に真っ二つ。突撃した私の身体は蜥蜴の分断された肉の間を通り抜け、それを完全に断った。それだけの損傷、いくらその再生能力があろうと、完全に再生するまでには至るまい。そう思いながら振り返ってみると…………
「「シアロロルロロォォ……!!」」
「んなぁっ!?」
想像を絶する光景に度肝を抜かれることになった。
あろうことか、その蜥蜴は体を分断されたままこちらに襲い掛かってきたのだ。
想像してみてほしい。縦に真っ二つにされた蜥蜴が、そのままこちらに向かって物凄い勢いで襲い掛かってくる光景を………ハッキリ言って私からしても恐怖以外の何物でもない。
斬った断面はほんの少し別々に再生され始めており、そのまま蜥蜴二匹になりそうな勢いだ。体が別れようとも、前足と後ろ足が縦に一本ずつという何とも歩きづらそうな状態であろうとも襲い掛かってくるとは。凄まじい闘争心である。
「いぃっ……せぁあっ!!」
生理的嫌悪感を感じながらも、私は剣の腹で迫りくる分裂蜥蜴を弾き返す。斬撃は意味をなさないとさっき分かった………って、さっきからそんな奴らばっかりだな!?
「「フロロロシュルゥアアアッ!!!!」」
「ッ!? 今度はなんだ!?」
読めない行動のオンパレード。弾いた蜥蜴の二つの眼球と目が合ったと思いきや、今度はその両方から血を噴き出してきたのだ。
不覚にもそれは私に直撃し、剣を、服を、体を赤い血が染めていく。血液特有の鉄の香り。そしてそれを遥かに凌駕する酸っぱい香り。
「うぐっ……さっきの臭いの正体はこれか……!!」
この臭いには覚えがある。そう、あれは城での訓練の際……うっかり地面にいた蟻を手で潰してしまった時………いや、そんなことを言ってる場合でもないか………!
そんなことはともかく、この蜥蜴の血液。異様に早く固まる……悪臭には最悪目を瞑るとしても、血によって剣の切れ味は格段に落ちてしまう。もはや私の持つ刃は、そこらのなまくらと同等の切れ味しかない。
「………よく分からん場所に落ちるわ剣では対処できぬわ変な血はかけられるわ……………」
ここまで思い通りに事が進まないと、人というものは無性に苛立ってしまうものだ。そしてかくいう私も、そんな人のことを言えた義理ではない。
顔にほんの少しの青筋を浮かべ、平常心を保つために上げていた口角にも限界が訪れ始め、自分でもよく分かるほどにピクピクと動いてしまっている。
「まぁ………ここならだれの迷惑にもならんだろう」
未だ断面が気持ち悪く蠢いている分裂蜥蜴を見ながら、私はひとまず血に染まった剣を鞘にもう一度戻して………再び魔法発動の体制に入る。
今度は二つ。火、そして風の魔力の塊を生成する。火の方は先ほどの超圧縮炎破と全く同じ。それに風属性の魔力の塊単体を前方に打ち出す誰にでも使えるような魔法を組み合わせ、目の前の蜥蜴一体のみにそれらを集中させる。
獅子は兎を狩るにも全力を尽くすと言うではないか。であらば、私が腹いせに目の前の分裂蜥蜴を消し飛ばしてしまっても、何の問題もないであろう?
「っっらぁぁあああ!! 炎圧旋風波ゥゥゥッ!!!!」
「「ヒュロロロロォ……!!!!」」
……………そうして分裂蜥蜴、後の正式名称グリーンリジェネルドは、規格外としか形容できないような少女のどこに存在していたかさっぱり分からない逆鱗に触れ、それはそれは壮絶な過剰滅殺をその身で味わう羽目となったのであった―――――