#144 魔石求めて採掘場 その3
………さて、時間を使い過ぎた。
特に問題のないまま戦闘を終えた私たちであるが、次いつまた先ほどの数集まってくるのか分からない。襲われる前に出来る限り目的地にまで近づいておきたいところだ。
「それでグレイ、言っていたアシン峡谷とやらへはあとどのくらいで着く?」
「そうだな………ここから歩いてあと二十分……ってところか………」
「まだもうちょっとかかるね~~………」
これが真っすぐ進むだけの道であったのならばもう少し早く着いたであろうが、ここは腐っても……いや、凍っても山道だ。
道のりはかなり入り組んでおり、中々目的地までかかる上にこの地面の積雪のせいで歩くスピードにも影響が出てしまっている。おそらく、普通の道であったなら、その峡谷には歩いてでも十分程度で辿り着けるだろう。
「かといって、走れば転ぶのは目に見えているし……」
ところどころ凍っているここの地面は、正直走るのにはあまり適していない。
先ほどの戦闘でも、跳躍や回避を主に動きのメインにしていた節もある。多少走りはしたが、それでもその距離はほんの数メートル程度といったところだったはずだ。
しかも、そこの地面は運のいいことに凍っていなかった。もし氷が敷かれていたのならば、間違いなくどこかの戦闘の場面で勢いよく転倒していた事だろう。
いくら雪が積もっていると言っても、元の地面が岩だ。柔らかい地面の上とはわけが違う。下手すれば戦闘以上に負傷しかねない。骨など折れてしまったものならば、最悪以外の何物でもない。
「そこは自分の体が最優先だ。あと一時間で世界が滅亡するわけでもないしな」
「ここで怪我して、戦いのときに響いちゃったらかなり悲惨だからね………」
私たちが少し急ごうとしているのは、なるべくあの猿との戦闘を少なくしたいからだ。
ちんたら進んでいたなら、おそらく峡谷に行くまでにあと百体は倒さねばならない気がしている。だからどうという話ではあるが、この調子で戦い続けていけば私は問題ないにせよ、グレイとヒユウは体が持たないだろう。ならば、二人の事を考えて、なるべく戦闘はせず辿り着いた方が良い。
正直、多少不本意ではある。魔物の殲滅を目標として抱えている以上、先ほどの猿共ももちろんその対象に含まれる。
ならば、そいつらも根絶やしにするべきだろう。そういう考えも少なからず私の中には存在している。だが、それ以上に周りの仲間の事も考えなければならない。それが団体行動というものだ。
「さぁ、移動だけに一日を使うのはもったいない。昼までには採掘場に行くぞ!」
「おいおい……それはちょっと無理があるぞ………?」
「グレイ気を付けて……シルカは言い出したら止まらないから……そのせいで私まで千キロ以上を一晩で走り切っちゃったんだから………!!」
「………は!?千キロ!?」
っとびっくりした……!
ヒユウのそんな訴えに対し、グレイは冗談だろというような驚愕に満ちた表情をしていた。
「………あの、ヒユウ殿……思ったより根に持たれております………?」
「……………そのおかげで食料も温存できたし、物凄い効果のあるトレーニングにはなったし……調査出来る日数も増えたのは間違いないから………あーー!!なんか複雑な気持ち!!」
一晩の運動量でオーバーワークという名の限界を五回ほど超えたであろうヒユウは少々怒っているような叫びを挙げつつも、そのことを完全にマイナスには考えてはいないらしい。
やはり少々申し訳ない気持ちにはなってしまうが、そんな考え方が出来るのであれば、伸び代だっていくらでももあるという物だ。
「………これは……落ちたら死ぬな………」
そうして歩き続ける事三十分ほど。道中もう一度、始めの時よりも数は少ないが、再び猿共に襲われたために少々予定よりも着くのが遅くなってしまったが、それはいいとしよう。
やって来た峡谷……せいぜいその深さなぞしれているだろう………先ほどまで、本当にそう思っていた。
だが実際は―――底が見えない。まったくだ。視界が悪いからではない。仮にこの場所が雲一つない快晴であろうとも、きっと底まで光が届きうることは無いだろう。そう断言できるほどの深さ。いや、仮に凍る以前にマグマが通っていたのなら、その光で底は見えるか……………?
「……なんにせよ、自然界というものは人間の想像など軽く超えてくるな………!!」
「大丈夫シルカ? 笑っちゃってるよ、顔」
ヒユウが私に対して、本当に心配しているような顔と声色で問うてくる。
「冒険者にならなければ、こんな景色など見る事すら叶わなかったんだ。この新鮮な驚きという感情は、日常では絶対に味わえないものが確かにあるんだ………!」
「………そうだね。本当に凄い場所だよ………!」
大地と大地を裂く規格外の亀裂。それを繋いているのは一本の橋………と言っても、自然由来の石橋ではあるが……………
「ちなみにグレイ……これって、崩れたりとかしないよね………?」
「この橋は何トンもの石を運んでもなんの問題も無い。それに、ウェディルの人間は毎日、何年もここを通って採掘場に向かっている。よほどのことが無ければ崩れはしないさ」
「ま、どちらにせよここを渡らねば目的地に辿り着けないんだ。今は気にせず先を急ぐとしよう」
そして私たちは、およそ三百メートルはありそうな巨大な石橋を渡り始める。




