#14 湖畔の瑠璃遺跡
全体的に青い、といった印象の遺跡の中に入ってみれば、その中も壁、天井は変わらず青く、床だけは普通の地面の色をしている。おそらくは、平らにした地面の上に石材を積み上げて建造されたものなのだろう。
壁面には意味があるのかどうかも分からない模様でびっしりと埋め尽くされ、周囲の色、移り変わらない景色も相まって、その不気味さを更に増している。
遺跡内は気温は低いが、近くの湖の影響なのか湿度が高い。じめじめと嫌な暑苦しさが身体に纏わりつく感じがどうも心地悪い。
「しかし、こんな村からそう離れていない場所に、よもや魔物が住み着いているとはな」
これは今後の課題にしなければならないか。父の情報では、「森の中でも上位の獣がこの遺跡の中に住み着いている」とのことだったのだがな。
父も昔はこの場所に来て、修練に励んでいたのだとか。確かに、精神的にはあまり良いとは言えない環境、歯ごたえのある敵、さらに屋内であるのに光源がほとんどない―――何も見えないほどではないので正直戦いにおいての支障はこれといってない―――ので、鍛錬にはもってこいの場所ともいえるのだが。
「万が一にも村に来ようものなら困る。見つけ次第片っ端から数を減らしていくか」
私個人の意見としては、魔物は一昔前に作り話などでよく出てくる霊、細かく言えば、悪霊の類に近いと思っている。
そもそも魔物は、強い感情を持ちながらも死に至った人間が生まれ変わった姿だということが研究にて明らかになっている。つまり、何らかの未練あるいは願望を実現させたいがために現世に無理矢理留まっている、ということだ。重ね重ねだが、それが単なる私の考えである。実際はもう少し違うのだろうが。
「グロロガロロロ…………」
「それにしても中々の数だ……! うむ、悪くない!」
何はともあれ、相手がどうであれ、自分自身の鍛錬にはうってつけの場所であったことには変わりないらしい。
先ほどから現れているのは、おそらくこの遺跡に用いられているものと同じ素材であろう石で構成された身体を持つ身長八十センチくらいのゴーレム。体長十センチほどの蜘蛛の群れ(しかもその全てが突然変異種ときた)。そして―――
「怨霊か」
それ自体、声を発しているわけではない。だが、かすかに聞こえるヒュゥゥゥ……ゴォォォォ………というような音。そして、闇で出来た波を球状に固め宙に浮かべたようなその姿は、私もあまり得意ではない。というよりかは、人間に備わっている「恐怖心」そのものを刺激してくるかのような………そんな不気味な存在。
「早速物理攻撃が効かぬ奴が現れたか……」
この怨霊と呼ばれる魔物の一種は肉体を持っておらず、当然質量も持たない。こちらに対し物理攻撃をしてくるわけでもない。そして、それが一番厄介なのだ。
いくら戦王剣でも、無いものは流石に斬れない。しかも、前世でもあまり対峙したことがないため、対処法も分からないときた。
(おそらく有効打は魔法の類……か……あるいは聖属性を備えた武具あたりだろうが、生憎どちらもなぁ………)
私は構えながらも対応方法に頭を悩ませながら、ほんの少しばかりのため息を無意識に吐く。
今私が握っているこの愛剣は、何年も大切に手入れしてきたお気に入りの………じゃなかった………とにかく、なんの属性も持たないごく普通の剣だ。もちろん目の前のこいつへの有効打にはなり得ない。
魔法は………うーん………いや、少し試してみてもいいか。
「上手くいけばいいが………」
コントロールをミスして大惨事にならねばいいが………ともかく、私はひとまず剣を背中の鞘に納め、魔法を放つ構えに入る。
目を瞑り、空気中に存在している魔素を感じ取る。
「ふぅぅぅぅぅ………」
それを自分が放ちたい魔法に必要な分魔力へと変換し、そこからイメージを固め魔力に属性を付与していく。本来魔術であればここからさらに複数の魔力の塊を生成して組み合わせていくのだが、そこは正直専門外だ。なので私のやることはいたって単純。
一個。ただ一個の魔力の塊に意識を集中させ、ただそれを放つのだ。
ヒュゥゥ……ロロロロ………
(ッチ……イメージが阻害される……!)
物理攻撃をしてこないこの怨霊。その攻撃方法は主に、対象への精神攻撃。
対象を幻覚で撹乱。そのまま特殊な魔力の波をこちらに浴びせてくる。それ自体は肉体に影響を与えるものではないが、その代わり思考、心への影響が甚大だ。
視界に映る色の反転から始まり、脳内では不快な音が鳴り止まない。そしてそれは肉体的パフォーマンスにも影響を及ぼし始める。こいつの対抗策の地盤となるのはとにかく胆力だ。意思をしっかりと持つこと。まずそれからだ。
「下位怨霊如きに精神支配を喰らうほど、私は柔な心など持ち合わせておらんぞ?」
とはいえ、相当集中せねば火力を間違えかねない。慎重に、慎重に………火属性の魔力の塊を生成し、火圧縮弾……それを更に圧縮させ………一気に解き放つ……!!
「超圧縮炎破!!」
ヒュロヒューーー
ドゴゴゴゴガガガァァァアアアアア!!!!!!!!
「ってうわぁ⁉︎」
怨霊は言うまでもなく消滅……そして案の定というかなんというか、結局コントロールミスで付近の壁、天井、そして床を吹き飛ばし、底に存在していた空間へと落とされる羽目になってしまった……うん。やはり……魔法の類は苦手だ……………