#118 封海の祓魔剣
私は恐る恐る、カウンターに置かれたそれを左手でしっかり掴み、持ち上げる。
日中にも触れた剣であるというのに、なぜだろう。それとは存在感が天と地ほどの差があった。鞘に触れているだけであるというのに、剣から伝わってくるようだ――至ったのだ、と。
「………失礼……!」
私は、そこからゆっくりと右手を剣に伸ばす。
まだ二度目であるというのに、柄皮から掌に伝わってくる感覚は、私に同調してくれるような頼もしい安心感があったのだ。
ヒユウは、ミランダは、そしてディムは、シルカのそれを固唾を飲んで見守っていた。
剣に触れた瞬間、シルカの放つオーラも強く、高まっていくのを三人は感じていた。そしてそれは、剣と本気で向き合っている彼女の集中力によるものであった。
シルカは今この瞬間、目の前の剣しか見えていない。三人から送られる視線など、まったく気にすることなどなく、そもそも視線を向けられていることにすら気付かないほどに、その意識を剣にへと向けていたのだ。
私は、両手でしっかりと剣を握り直し、そこからゆっくりと引き抜いていく。そしてその時点で感じる、剣自体の重み。
重すぎない。それでも決して軽いわけじゃない。私のために完璧に調整された重量。ディム・ヴィリアンという鍛冶師が、どれ程の腕前であるかが良く分かる。
「―――ッ!!」
そうしてとうとう現れた刀身に、私は驚愕のあまり目を丸くした。
現れたのは、日中に見たような鋼の色ではなかった。
言い表すのならば、鮮やかなエメラルドブルーというような色の刀身。驚きのあまり、その色が見えた瞬間、私は勢いよく剣を引き抜いてしまう。そうして見ることとなった、この剣の全貌。
「………なんと、美しい剣だ……」
思わず見入ってしまうような刀身の美しさ。これまで、数えきれないほど多くの剣を見てきた私だが、これほどまでに呼吸を忘れるほど目を奪われた剣など、これまで見たことがなかった。
「この剣に使われた素材の焼き入れと研磨………それらが奇跡的にかみ合って生まれた色だ。魔剣なんかのような特殊な能力が備わっているわけではないが……それに匹敵する切れ味と耐久性は保証しよう」
「……………」
保障されずとも、その切れ味は伝わってくる。
こうして空気に触れさせているだけで、大気を切り裂いているのではないかと思うほどの、この私が恐怖すら感じてしまうほどの威圧感。そしてそれは、限りなく唯一無二に近い物であることを如実に表している。
保障されずとも、その耐久性はなんとなく分かる。
他の剣と何ら変わらないその刃の厚み。しかしそれでも、おそらく素人目で見ても分かるような確かな密度と桁違いの質。感じる重みはそれほどでもないというのに、またそれとは違う重量ではない謎の重みというのが、私の体全体に降り注ぎ続けるような何かを私に感じさせた。
「封じ込めた海……魔を断ち切る宿命を背負う一振りの刃………冠した名はハーヴェシスト。青い髪に瞳を持つ、お前のための剣だ………というのは少し、お前さんには重すぎるか………」
「………いや、むしろそれくらい重くなければ……生半可な覚悟では振るうことを許されないこの剣………ぜひその宿命、私に背負わせていただこう………!!」
ありがたい話だ。私の覚悟を、より確固たるものにしてくれるというのだから。
どれだけ意志が固くとも、結局私も人間だ。決意が揺らめき、折れてしまうかもしれない瞬間は必ず訪れてしまう。自分だけではその崩壊を止められなくなってしまったとしても、共に止めてくれるものがいたならばその限りではない。
………とはいっても、道具に、人に頼ってしまっている時点で、自分はまだまだなのかもしれないな。まぁ、なにはともあれ―――
「ディムさん、本当にありがとうございました……!!」
「おう。んで、ヒユウの嬢ちゃん、その刀、一晩こっちに預けな。明日までには研いでおいてやるよ」
「はい!……って……えぇ!?どうして分かったんですか!?刀が錆びてるって!?」
「鍛冶師の勘だ……片手直剣以外は専門外だが……それでも、研いで手入れするくらいなら、俺でも人並み以上には出来る」
「えっと……じゃあ、お願いします!ディムさん!!」
「あぁ………もう暗い。嬢ちゃんたち、気を付けて帰れよ」
そうして私は、新たなる相棒を背に負う。突如包まれる安心感に身を委ねながら、ヒユウと共に冒険者ギルドの方にへと戻っていく―――――
「………それにしてもあんた……本当によかったのかい?あの剣を、あの子に託しちゃって?」
シルカとヒユウが店を出た後、ミランダはディムに……人生を共にしてきた夫にへと問う。
あの剣は、この国に四つしか存在しない、とある素材が使われている。そして、それを元に作られた四振りの剣………その最後の一つであったのだ。
「……………俺は、あの嬢ちゃんになんかを感じちまったんだ。他の三人とはまた違う………なんか、世界を変えちまうほどの何かを……で、託すべきだと思ったのさ……感じたそれが、何なのかも分かんねぇのにな………」
ディムは妻にそう答えた。そしてそれは、鍛冶師としての勘。到底ミランダには理解してもらえないものであるとディム自身は理解していた。だがそれでも、何の言い訳もすることなく正直に、ありのまま思ったことを話したのだ。
ディムの武器工房では、片手直剣は全てディムが、その他に並んでいる槍や盾などは、鍛冶場で働いているディムの弟子たちが作ったもので、ディムの厳しいテストを合格した物しか店頭には並ばせてもらえないそうです。
弟子は二十人近くおり、皆がディムのような一流の鍛冶師を目指して日々作業に励んでいます。




