#10 戦王剣
戦王剣
かつてグフストル・アンバーが独力により生み出した我流剣術。その神髄は単純なただ一つ。
全てを断つ剣。
肉を、骨を、木を、石を、鉄すらも。どのようなものであろうとその全てを己が剣一本で斬り捨てるべく、生涯剣を振れなくなるまで磨き続けた誇りの剣。
更に、神速とも呼べるスピードで放つ斬撃の一撃一撃に最大限の集中力を必要とさせることで、その精度と練度を極限にまで高めた。
そして、その最強の代償に彼が捨てたものは、守りであった。それを完全に捨て去り、彼自身が望んでただ攻めることに特化させたのだ。
無論、端から見ればそれは戦場においてはただの自殺行為。完全なる特攻に見えた。だがグフストルは、その剣を極め続けた結果、止まったら死の戦場を、その全てを五体満足で生き残り、戦果を挙げたのだ。
そんな、防御を捨てた剛の頂にして柔の極致。魂を込めた渾身の一刀を連撃へと変貌させたその剣が、かの騎士長の唯一無二にして最強の奥義、戦王剣である――――――
そこから、しばしの間私と猪は互いに睨み合う。相手の出方を探り、いつ仕掛けようかと、いつ仕掛けてくるかと相手をよく観察する。それがどんな戦いだろうと、剣を握ったのであれば、相手がなんであれ全力を尽くすのが礼儀である。
随分久しぶりのちゃんとした「敵」との対峙。剣を握る手は必要以上に力み、いつぶりかもわからない緊張感が体中を巡る。
あぁ、いい感覚だ。
一歩間違えれば死ぬかもしれないというこの緊張感。(この体で、だが)勝てるかどうか分からないような強者と相対した際に発動する集中力のようなものが自分の中で高まっているのが分かる。
「ブグルゥァァァアアアッ!!!!」
「シルカ・リザリア、参るッ……!!」
結局、スタートを切ったのは両者同時。突進してくるボアを見据えながら、私は全速力でスタートを切る。が、やはり遅い。生半可な肉体では思ったようなスピードを出すことが出来ない。だが…………
「猪よ。お前のスピードはさっき見た。その程度であれば、この身体でも対応できる……!」
「ブルルルルル…………!!!!」
動体視力、反応速度だけなら、老体よりもこちらの方が優れている。初速だけで軽く百キロは出ているだろうが、それでは私を轢き殺すことなど不可能。そしてそれを真正面から剣で受け止めた。
「くっ……っァァァアアアア!!!!」
だが、奴と私とでは体重差が大きすぎる。いくら剣術で奴の力を殺しているからとて、それでも力任せに吹き飛ばされそうだ。無様にも私の腕はプルプルと震え、足が地面に少しめり込んでいく。
「シルカ!!」
ちらっと声の方向を向けば、絶望一歩手前のような顔をした父がいた。そんな顔をせず、安心して見ているがいいさ。
「我が剣は生涯無敗の剣!そして我が剣は我が命等しく、故に!この命の炎消えぬ限り、この世の数多に我を屠る術無し!!」
たとえ今の私が弱くとも、この程度の獣に敗れるほど、私の剣は弱くはない…!
攻めろ、攻め続けろ。退くことに意味などない。捉えろ、敵だけを見ろ。活路は前だけにある……!!
「その程度ではなかろう獣よ!! 我が剣はこの程度では済まんぞ!! ハァッ!!!!」
呼吸のリズム、筋肉の動き、目線、殺気。敵の全てを観察しながら叩き込む連撃。それは猪の隙を的確に突く。無論体毛はかなり硬く、なかなか刃が通らないが…………
「無理な硬さではない……!」
我が戦王剣は、全てを断つ。どんな物質にでも、ほんの一部には弱点が存在する。そこさえ狙えば、たとえ目の前の金属擬きの体毛であろうが、断つことなど容易い。
「ブボグボァァアアア!!!!」
「まだまだぁ……! こんなもんではないぞぉ!!」
「なんっだアレ!? はっや!?」
「シルカちゃん……あんなに強かったのかよ!?」
もう、あの猪以外の獣は見渡す限り存在しない。シルカとボアの突然変異個体のそれを見る事しかできない大人たちは、目の前の光景に感嘆しながらもそれ以上に驚愕していた。
これまで、「剣が好きで少し大人びた落ち着きがある子」と思っていたまだ十歳の娘が、目の前で自分たちが全く歯が立たなかった化け物を戦い、そして今圧倒しているのだ。
――――そして、彼もゆっくりと歩きながら大人たちの元へと辿り着いた。
「おぉ……ナルク……無事なのか……?」
「っ……! 親父………俺……何も……」
ナルクが全てを言い終える前に、ナルクの父は彼の肩に両腕を乗せ、目を合わせる。その後、気にすることはないと言うように無言で首を横に振る。
「………ナルク。シルカがあれだけ戦える理由……分かるか?」
「……………努力。あいつは、俺が遊んでいる間も、昼寝してる時も、ただ一人で剣を振り続けてた。」
「あぁ。ただ、あんなふうになれとはもはや言えん。才、剣への執着、異常なまでの向上心。何があそこまであの子を突き動かしているのかは分からんが……ともかく、お前や、もちろん私にもあんな真似は出来ん。だが、その姿勢を見習うことは出来る。」
「見習う…………」
「そうだ。考え方や修練の取り組み方。シルカを目標にすれば、ナルク、お前ももしかすれば…………」
「…………」
そこからこの場では、二人の間には一切の会話も無かった。
そしてナルクは、ただ真剣に同い年の娘を、この先彼が自分の中で目標として定めることとなる人間の戦う姿を、今はただ目に焼き付けようとしていた。