#1 平和な世界というものは理想論に過ぎず
この世界の数ある国の中の一つ、ヴェラリオ王国。その王城の中に存在する、王国直属の騎士が住まう兵舎のとある一室。そこで俺は生まれた。
父も母も騎士。当然俺も両親と同じ道を歩むこととなった。その点に関しては特に不満は無い。それ以外の選択肢などなかったし、そもそも知らなかったからだ。
魔法はあまり得意ではなかった。ある程度なら行使できるが、高等の構築式、呪文、イメージ、才能を必要とする魔術に関してはからっきしで、同年代からも後れを取った。
だからこそ、俺は剣に打ち込んだ。ただひたすらに様々な流派の型を繰り返し、剣を振り続けた。
俺は才能など一つも持っていなかった。だからこそ努力した。強くなるために、誰にも負けないために、そして、死なないために。
初めて戦場に送り出されたのは、たしか十四の頃だったか。初めて生きた人間を斬った感覚は今でもよく憶えている。怖かった。ただひたすらに。
だがある日、父が言った。怖いと思うのは、自分の中に弱さがあるからだと。人である以上それを全て消し去るのは絶対に不可能ではあるだろうが、それでも、強ささえあれば、確実にその恐怖心は小さくなっていくと。
今思えば、その言葉は希望であり、そして呪いでもあった。
単純だった俺は、ただひたすらに強くなろうと思った。国のために、そして、戦い無き世界を作るために。
いつだったか、なぜ戦わなくてはいけないのかを母に問うた。そして、母は言った。世界から争いをなくすためだと。
争いをなくすためになぜ争っているのか、とまでは聞かなかった。それではただの鼬ごっこと分かっていたからだ。
当時、この世界ではその全土で数々の戦争が繰り広げられていた、暗き時代と呼ばれている頃であった。
戦場から帰還すれば、すぐにまた別の戦場へと座標転移させられる日々。
仲間もどんどん死んでいった。時には介錯もしてやった。最悪の気分だった。
俺はその後も何年も、何十年も剣を振り続けた。
騎士が送り出される戦場には全て行った。駆り出されない時間は食事と睡眠以外を全て鍛錬に注ぎ込み、自分で言うのもなんだが、相当強くなっていったと思う。
そうして、何十か、何百か。それほどの戦場を、いつの間にか仲間を率いる立場となっていた俺は駆けた。殺した敵の数は数えていない。初陣にて三十人を超えたあたりから億劫になってしまった。が、相当な数だということは確かだ。
あの時………そう、四十年程前だっただろうか………当時、俺が恨まれていた大臣に嵌められた時。あれは本当に死を覚悟したものだ。何せ、十万居る軍勢を一人で相手しなければならなかったのだから。
そうしていつの日か、全世界至る所で勃発していた全ての戦争は終結した。その内全てではないが、おそらくその八割くらいには参加できただろうか?
争いを無くすために、今起こっている争いを死に物狂いで収め、新たな戦いは事前に防ぎ、とうとう儂は人々の争いのほぼ全てを鎮めて見せたのだ。
その時すでに自身の年齢は六十二。両親はとうの昔に戦場にて命を落とし、墓に入っている。妻や子なぞいるはずもなく、この年からこさえるのも現実的とは言えない。そういった訳で、儂の天涯孤独は確定してしまったわけだ。
別にそれに関して嘆くことは無い。望んでそういう生き方をしてきたのだし、ここまでずっと戦場でいつ死んでもおかしくないような人生だったのだ。だが………それでも一人というのは少し寂しさがある。
こうして約四十八年間の長い戦いには終止符が打たれ、世界は儂が望んだような平和な世界に………とは、行かなかった。
人類の戦いの時代が終わった後、世界には突如として異形の怪物が現れたのだ。
そう、人々は、殺し過ぎたのだ。同族を、この世界に生きる生物を。
殺された者達の最期の感情、恨み、憎しみ、悔しさ、怒り、中には愉悦を感じる者もいるそうだが………とにかく、そういった感情を抱えた人間が、新たなる種族となりこの世界に再び生まれ落ちたのだ。それが、魔物。
多少のランクは下がれど、人類と同じく知性を有し、人類に敵対する存在。だがそれらは、人によって誕生してしまったのだ。
死の淵の人間の感情によってその変貌の仕方に大きな違いがあり、そこから様々な魔物の種族というものが構成されていった。死の淵で強くなりたいと願った者はオーガに、全てを滅ぼしたいと願えば、ドラゴンにすら成ったのだ。
とは言っても、奴らも日夜人間を襲うわけではない。そのどれもが人間であった頃の記憶など持ち合わせておらず、森や洞窟、海中に火山、様々な場所に生息しているという。しかし、野放しにしていては、このまま食物連鎖の頂点が塗り替えられることとなるのは必至。
そこで儂は、この世界に新たな職業を確立させた。それが、冒険者である。
各地に生息する魔物と戦い、素材を集め、その素材を研究する。そうして未知に埋め尽くされたピースを少しずつでも埋めていき、魔物に対する確実な対処方法を探る。という理由を元に人材を募集した。
もちろんそれも大きな要因ではあるが、もう一つ。
それは、儂の分まで、きっと広いであろうこの世界を、その目で見てほしいから。そういう私情も含まれているというのは、儂だけの秘密だ。