国立公園
大気汚染の酷いダッカを脱出して、バワール国立公園にやってきた。既述の通り、ホテルはちょっと高いが一軒宿なので、結局そこに4泊もした。スタッフの応対がいいのでついつい延泊してしまった。ある時、私が近くにマスクを売っている店が無いか聞くと、フロントの若いお兄さんは、買って来てやると言って、本当に買って来てくれた。その間フロントに人が居なかったのだがいいのだろうか。きちっとお釣りもくれる。バングラの人は親切で正直だ。
ホテルの朝食はローカル食ではなく、洋食のモーニングだった。ビュッフェでは無かったのでちょっともの足りないが、言えばパンを余分にくれるので、まあ良しとした。ちなみにバングラではコーヒーは飲めるがほとんどインスタントだ。この中級クラスと思われるホテルでもインスタントだ。そこで、日本から持参したドリップ式のコーヒーを自分で作って飲んでいた。お湯とミルクは言えば貰える。バングラはなんでもそうだが、ダメ元で言ってみると結構通る事がある。ルールや文章をそのままに守るタイプの人は思い切って、色々と言ってみよう。きっとバングラ人はあなたの為に気を使い、手足を動かしてくれる。
さて、公園は広く、ホテルの最上階にあるレストランから見ると、延々と濃い緑が広がっているのが見渡せる。ダッカの高密度で雑然とした人と街を見てきた私には新鮮だ。思い切って足を延ばして良かったと感慨に浸る。朝は、毎日のように霧が出るので幻想的だ。朝食時にゆったりコーヒーを嗜みながら、霧にけぶるジャングルからゆっくりと登る赤い朝日に安らぎを覚える。やっぱりバングラに来て良かったと改めて思う。何かと腰の重い私だが、旅でも山行でも、最初は何となく気乗りせずに準備をしているくせに、いざ現地に入ると、いつも「あー、来て良かった」となる。今回もそうだ。
公園の入り口は何ヵ所もあるが、メインゲートはホテルから20分ほど国道を歩いた先にある。この国道はトラックやバス、CNGが大量に行き交う幹線だ。その端っこを歩くのは不快だが、仕方ない。ゲートは一応、公園的な門構えがあり、なんかか案内もあった。でも、ここはバングラ。物事はなるようにしかならない。入ると、係の人と思しきおっちゃんが、こっちこっちと言ってゲートの小屋の中に私を招き入れた。すると、250円ほどの入場料を要求された。ちゃんと領収証を書いているし、外国人向けの料金だろう。園内ではパラパラと地元的な人たちが歩いていたが、皆がいくら払ったのか、はたまた無料だったのかは良く分からない。入場料を支払うと、待てと言う。しばらく待つと大きな手鎌をもった別のおっちゃんが現れた。どうやらこの人が案内するらしい。ここまでで既に15分くらい経過している。私は気にしないが、効率重視のビジネスマンならイライラしてきそうだ。この案内人は英語がほとんど出来ないので、ただ付いて来る。仮に私が3時間歩くなら、3時間付いて来るのだろうか。英語で、一人で歩くから案内は要らないと言っても言葉が通じない。やっぱり、付いてくる。途中の池で釣りをしている人達がいて、英語が出来たので通訳してもらった。すると、この付き人は安全のために必要だという。確かに道を一歩外れればジャングルなので、外国人が行方不明となったとあっては一大事だ。という訳で、歩きは1時間程度にして一旦ゲートを出ることにした。公園自体は広いが、管理された遊歩道がある区域は限られているので、これでも半分くらいは歩いたと思われる。
ちょっと作戦を練る事にした。国立公園行きは急遽決めたので、何も事前に下調べをしてきていない。グーグルマップを見てもほとんど遊歩道は載っていない。いつもトレッキングで使っているOpenStreetには園内の道がいくらか載っていた。これを頼りに、他の入口からの侵入を試みる。またメインゲートに行っては、再び入場料をとられて、漏れなく案内人付きになってしまう。一人歩きは確かに少し不安だ。ダッカを離れる時、ホテルの人が、公園を一人で歩くのは危険かも、と言っていたのを思い出す。それでも、やはり自然の中は自分の判断で一人で歩いてみたい。地図でメインゲートよりも近い所に入口があるのを発見した。早速行ってみる。入口にベンガル語で色々書いているが分からない。半分壊れたような壁をすり抜けて中に入る。意外と普通の歩道が続いている。奥に進むにつれ、外の大通りの騒音が消えていくのが心地よい。しばらく行くと、どこから入ったのかは分からないが、一組、また一組と、現地人らしい人に出会う。皆、散策を楽しんでいる。季節が良いので、すこぶる快適だ。しかし、その道はくだんのメインゲートに続ていた。引き返すのもなんだったので、何気ない顔をして、メインゲートから外に出てみた。何もお咎めはなかったので安心した。ケチるつもりはないが、こうすれば無料で入れる。
翌日はもう少し探索してもみようと、メインゲートへ向かわずに途中でジャングルの中に分け入ってみた。といっても、山道の様な歩道は至る所にある。GPSが無ければ迷う事請け合いだ。おっかなびっくりで進んで行くと、サルの群れに遭遇した。数十匹はいただろう。私の周囲をサルたちがザワザワと移動して行く。襲われることは無さそうだ。それにしてもこちらのサルは小さい。ニホンザルより一回り以上小さい。
やがて「田んぼ」にでた。ここは公園なのだが、谷間には断続的に田んぼが広がる。道理で歩道があちこちにあるはずだ。農作業用なのだ。牛の放牧もしている。田んぼは見通しが有って良いのだが、そこで道が途切れてしまう。適当な畦道で田んぼを横切って、さらに進む。もはや地図に道は無いが、GPSのお陰で進むべき方向は分かる。そうこうしているうちに車道に出た。ホテルも遠くない。ほっと一息ついた。なかなか楽しいオリエンテーリング的な散策だった。
翌日も別の道を開拓すべく、公園に入った。適当に進んで行くと前から人が来る。こんなメインゲートから遠い所を歩いている人もいるのだなあと思っていると、私に声を掛けてきた。聞けば公園のレンジャーだという。そして、ここは管理区域外だから退去しなさい、という。私がごねていると付いて来いと言って、最寄りの出口まで一緒に歩く事になった。もで、人当たりは良く、色々と話しをしながら歩くことが出来た。「あなたに事故があれば私が罰せられる」と言っていた。それはそうだろう。申し訳無い事をした。が、「では、これで」と別れてから、私は再び別の入口から入って散策を楽しんだ。もし事故でもあれば、日本の新聞には「無謀な旅行者、ジャングルの立ち入り禁止区域で遭難!」と見出しが躍るのだろう。そしてこのレンジャーは罰せられるのかもしれない。
こうして目的通りデトックスが出来、国旗の通りの緑のバングラを満喫した私は次にどこに行くか考えていた。ダッカに戻れば、またあの大気汚染だ。もう一カ所くらいダッカ以外の所に行くのも良いだろう。ホテルの人に街や交通機関の事をあれこれと聞いた結果、次はシレットという街に行くことにした。