帰国
バングラでは人との出会いを楽しんだ。あっという間に帰国の日になった。色々と問題はあるが、また行ってみたい国だ。そして、改めて日本社会との差異を感じた。日頃日本で、何故こうなんだろう、何故ああなんだろう、何故、何故と思っていた事の多くがバングラでは解消していた。これまで書いてきた通りだ。ちょっと言い方が悪いかもしれないが、バングラ人は単純明快で、ストレートだ。実に分かり易い。これは、実は多くの場合、欧米人も同じだ。卑近な例では服装がある。欧米人は、暑いと脱いで、寒いと着る。えっ? 当たり前だって? そんな事は無い。日本・日本人は実にややこしくて、少し暑くてもみーんな長袖だったりする。天気予報で「明日は肌寒くなるので長袖の方が良いでしょう」と言っているのも一因かもしれない。「折り畳み傘を持って行った方がいいでしょう」と言われると、本当に持って行く。ある意味素直なのだが、その場その場の実情に合った自己判断という意味での素直さが無い。「赤信号、みんなで渡れば怖くない」が典型だ。中国では、周囲の人に関係なく渡れる時は平気で渡っていた。目の前に警官が居てもへっちゃらだ。この光景には「感動」した。バングラの信号機はほとんど壊れているか、無視されているのでバングラ人がどうするかは分からなかったが、自分の判断で動いている事は確かだ。
そして日本に帰って来た。また日本での日常が始まる。すれ違う人は下を向いている、スマホを見ている。スマホを見ながら電車に乗り込む、エレベーターに乗り込む。スマホを見ながらメシを食う、人と話をする。席が空いていても立っている乗客が沢山いる。私が前に座ると、急にスマホを始めたり、目を閉じて寝始めたり、延々と窓外を見ていたりする。これらは気配りかと思えば、開けたドアを後ろから来る人の為に押さえる事もしない、雨の日に建物や地下道に入る時に傘の水を落とそうともしない、靴底をマットで拭おうともしない、混んだ電車から降りるとき「すみません」の一言も発しない。
でも、日本はいい国だ。友達はいい人ばかりで、一緒に山歩きに行けば楽しい。一人一人には、もちろん何の悪気も無い。本人的には普通に自然にしているのだろう。でも、バングラ人と比べると、不自然、或いは人工的な振る舞いが行動規範になっている。コロナで話題になった社会的圧力の様なものも要因だろう。元々、良し悪し抜きで単に習慣化している事も多い。もう少し肩の力を抜いて、自分本位の自然な一挙手一投足にならないかと思ってしまう。何よりも、自分自身が楽だ。
バングラに行くことがあったら、そんな視点でバングラ人を見てほしい。もちろん、海外に行ったからといってすぐに自由に気ままに振舞えるようになる訳ではない。身に沁み付いているものはなかなか拭い去れない。それでも、少しバングラ的になって帰ってみよう。周囲が眉を顰めて怪訝な目であなたを見るようになったら、大成功だ。




