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9. 侍女と勘違いされる

 自分の荷物が届くまでの間、アメリアは侍女用のお仕着せを着ることになった。

 脱衣所で脱いだ服はお風呂に入っている間に侍女に奪い去られており、代わりにお仕着せが置かれていたためだ。


 それ以外に着るものがなかったのでとりあえず着てみたアメリアだったが、思いの外似合っている。元々派手な顔立ちではないから、黒のワンピースに白のエプロンというシンプルな服が似合うのだろう。


 そんな格好なので、誰かいないかとそろりとお風呂場から顔を出したところを間違えて他の侍女に捕まってしまっても……仕方がない。



「ほら! さっさとそれを持ってきて!」

「あ、はい!」


 テキパキと働く四十代くらいの彼女は恐らく王宮のベテラン侍女で、「あなた新入り? 暇ならこっちを手伝ってちょうだい」なんて有無を言わせずアメリアを調理場の外まで連れてきて仕事を頼んだのだ。


 外はもう晴れている。

 朝から降っていた大雨が嘘だったかのように、太陽が顔を出していた。


 調理場まで行くと、土の付いた野菜がたくさん入った竹籠がいくつか並んでいた。アメリアはその内の一つを手に持って、侍女の後ろをついて行く。


「突然お願いしてごめんなさいね。ついさっき陛下が無茶なことを言い出したから慌てて用意しなくちゃいけなくって」


 歩いて行く中で侍女は世間話をするようにアメリアに話しかけてきた。


「陛下が?」

(無茶なことってもしかして……)


「陛下が気に入った方を王宮に連れてきたのよ。しかも今日から王宮に住むから部屋を用意しろですって! そのせいでこっちは部屋の掃除に洗濯に大忙し! そしたらこっちの人手が足りなくなっちゃってね」

(ああやっぱり……)


 アメリアの肩身が一気に狭くなる。


 それは間違いなく自分のせいだ。


 アメリアは今、彼女の部屋を用意するために慌てて準備をしているのだという愚痴を、面と向かって聞かされているということになる。


 勿論言っている侍女本人は、アメリアが「その方」だとは気づいていない。


「なんでも新たな要職に就くらしいんだけど、それがどんな仕事なのかはまだ私たちも分からないのよね。……ここだけの話、その方が女性で、実は王妃になるんじゃないかって噂にもなってるわ」

「は、はあ……」


 うーん、と考察している侍女に対して、なんと答えれば良いか分からないアメリアは適当に相槌だけ打つ。


「あら、あんまり王妃になる方に興味ない感じ?」

「え、えーっと……」

「まあ噂は噂だものね。陛下、というよりは緋竜様がなかなか誰もお認めにならないもんだから、少しでもそんな感じの話があると私たちは浮き足立っちゃって。陛下ももう二十六歳だし、そろそろ良い方に出会えると良いんだけど」


 そんなことを話していたら、調理場の外に用意されている水場に到着した。


「じゃあここで、さっきあそこに並んでた野菜も含めて全部洗って、汚れを綺麗に落としてちょうだい。私はちょっと他の場所を見てくるから、あとはお願いできるかしら?」

「あ、はい」


 アメリアが頷くと、侍女はアメリアを置いて颯爽と行ってしまった。


 侍女の背中を見送り終わると、アメリアはお仕着せの袖をグッとまくり、野菜を籠から出して言われた通りに洗い始めた。



 本来であれば、貴族令嬢が水仕事をするなんて有り得ない。けれど幸か不幸か、アメリアは普通の貴族令嬢とは違う。


 何せあの継母や義妹によって全て奪われてしまったから。自分の侍女もいなくなり、継母たちの侍女はアメリアの身の回りのことを何もしてくれないので、炊事に洗濯といった家事全般をアメリアは自分でしていたのだ。


 そんなアメリアにとっては、ポッと任された野菜洗いも特に苦ではない。


(さっきの方もだけど、きっとたくさんの人に無理をさせてしまってるのね。申し訳ないわ。野菜を洗うくらいさせてもらわないと)


 頭の中でそんな謝罪の気持ちを持ちながら、躊躇うことなくじゃぶじゃぶと水に手をつけてしっかりと野菜を洗っていくアメリア。

 慣れた手つきでその動作を繰り返し、他の籠に入っていた野菜も続けて洗っていく。



「ふう。これで全部かしら?」


 最後の一つを洗い終え、額に軽くかいた汗を手の甲で拭いながら、アメリアは空を見上げた。


 ほどよく白い雲が流れる晴天。

 それに、心地よい風が吹いている。


「明日は晴れるかしら」



 ……一人呟いたそんなとき。


 アメリアの頭上を大きな影が通った。

 明るかった視界がいきなり真っ暗になり驚いていていると、大きな何かが徐々に降下してきている。


「え」


「アメリア!」



 ある意味恐怖すら覚える大きな何かから名前を呼ばれてさらに驚くと、降下してきた何かはその軌道を若干変えて、アメリアの目の前に降り立った。


 大きな何かは、エンレットだったのだ。


 つまり先ほどアメリアが見上げたのはエンレットのお腹ということになる。


 そしてアメリアの名前を呼んだのは、エンレットの背中に乗っていたレイクロフトだ。



「アメリア! こんなところにいたのか!」


 エンレットが降り立つと同時にレイクロフトが飛び出してきて、彼が背中に乗っていたことに気付いた。

 しかし、アメリアの方へと向かってくるレイクロフトは心配そうな顔をしている。


「侍女から君が消えたと聞いて、エンレットに探してもらったのだぞ」

「え?」


 レイクロフトにそう言われて、アメリアは首を傾げた。


 アメリアは消えたつもりなんてなかったからだ。

 でも言われてみれば、確かに誰にも言わずにお風呂場からいなくなってしまっていた。そしてこんなところでせっせと野菜を洗っていた。


「あ……すみません。成り行きでつい、ここで野菜を……」

「野菜?」


 レイクロフトが周りを見て、すぐそこの籠の中の洗われたばかりに見える野菜たちを確認した。


「それはアメリアが洗ったのか?」

「……はい。人手が足りなかったようなので」

「まさか水仕事をしたというのか? 貴族令嬢なのに?」


 普通の令嬢なら、頼まれても水仕事なんてしないだろう。

 レイクロフトの疑問は正しいのだが、アメリアが実際にしたことは事実である。


(なんて言えばいいのかしら……)


「…………うちでは普通にやっていたので」

「そうなのか?」

「すみません。あの、探されているとは思わず、ご迷惑を……」


 深く追及されない内に、アメリアはすぐ謝罪して話題を切り替えた。


「ああいや。探したと言ってもエンレットが君の匂いを辿ったから探すこと自体はそんなに大変ではなかったんだ。ただ、消えたと聞いて一瞬肝が冷えた」

『慌てふためくレイは見ていて面白かったわ』

「いやだって! せっかくエンレットが認めた女性が逃げたとなったら慌てるだろう!?」

『ふふ。アメリアはそんな子じゃないわ』

「そんなの分からないじゃないか!」


 するとレイクロフトとエンレットが言い合いを始めてしまい、アメリアは二人を交互に見ておろおろとする。

 そんなアメリアに気付き、エンレットが声をかけた。


『大丈夫よアメリア。別に喧嘩しているわけじゃないから。……それでその仕事は終わったの?』

「あ、はい。全部終わってこの後どうしようかと思っていたところです」

『そう。じゃあせっかくだから、仲間を紹介しようかしら』



 にっこり笑うエンレットに言われるがまま、アメリアはエンレットの仲間がいるどこかへと、案内されることになったのだった。

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