8. 竜の通訳士になる
「……恥ずかしながら、うちはあまり裕福な家門ではないのです。ですから、私は王妃には、」
「それだけか?」
「……はい?」
再三「王妃にはなれない」と言っているのに、何故だかレイクロフトには届かない。
アメリアがどれだけ理由を述べても、全く意に介さないようだ。
「それだけならば問題ない。王妃の仕事は、王妃教育を受ければ追々できるようになるだろうし、ルフェラの民の意見よりもエンレットの意見の方が大事だ。もし反対する民がいたとしても、エンレットが認めたのだから、いずれは皆アメリアを認めることになる。それからお金は、マクドネルよりはあるから心配しなくていい。実家の借金は俺が返しておく」
すらすらとレイクロフトの口から出てくる論破の言葉たち。
特に最後の「お金はマクドネルよりはあるはず」なんて、一国の王なのだから一貴族よりはあって当然だろう。冗談にしては笑えない答えだ。
「さあどうだ? 考え直してくれるか?」
アメリアが述べた王妃になれない理由を尽く潰されてしまって、もう後がなくなってきている。
まるで、ジリジリと崖の先にでも追い詰められていっているかのように。
それでも、「王妃になります」なんて大それた返事がアメリアにできるわけもなく。
(……無理よ。私なんかに、王妃だなんて……。何かの間違いだもの……)
その場に沈黙の時間が流れる。
「アメリア?」
そんなとき、助けてくれたのはエンレットだった。
『レイ。アメリアに考える時間をあげたらどう? ルフェラにも来たばかりのようだし。……そうだわ。私たち竜の、通訳士になってもらうのはどうかしら?』
「通訳士?」
『せっかく竜の言葉が分かるんだもの。まだパートナーがいない竜たちの言葉も彼女に通訳してもらえたら助かると思うわ』
「なるほど、それは良い! さすがエンレットだな」
エンレットの提案を聞き、レイクロフトは名案だと嬉しそうにエンレットの顔を撫でる。
「ということで、どうだろうアメリア。まずはこの王宮に住み、通訳士として働かないか?」
「え……でも……」
「その合間で王妃教育を受けてみて、本当にできないかどうかはやってみてから判断してほしい」
「で、ですがその、お金が……」
「通訳士として働いてくれるなら、渡すべき給金の一部を前払いとして、まとめて俺の方から払っておく。それならどうだ?」
(一部の前払いって、かなりの年月分になるのでは……?)
そんな疑問は浮かびながらも、実際問題、アメリアにとっては悪くない提案だ。
あまり評判の良くないマクドネル伯爵のところに嫁がなくてよい。
それでいて、実家の借金問題は解決してくれる。
そしてアメリア自身は、王宮に住まわせてもらい、仕事ももらえる。
竜の通訳士という仕事がどういうものになるかはまだ分からないが、少なくとも今目の前にいるエンレットを見る限りでは、竜との交流もそれほど難しいものではなさそうだ。
「…………わかりました」
熟考の末、アメリアは決断した。
「竜の通訳士に、なります」
その言葉を聞いた瞬間、レイクロフトは「そうか!」と言いながら、パァッと目を開き、まるで無邪気な子供のように嬉しそうな笑顔を見せた。
『良かったわねレイ』
「ああ、ありがとう。やったぞエンレット」
レイクロフトが子供なら、エンレットはさながら母親のように、彼の嬉しそうな顔を眺めている。
「よし。じゃあすぐにアメリアが住む部屋を手配しよう。それから雇用契約を交わすために契約書も必要になるな。あとは……あれだな。通訳士としてのお仕着せなんかも新たに作るか?」
話がまとまった途端、レイクロフトはやるべきことを口に出しながらどれから対応しようかと考え始めた。
「部屋…………。あ、荷物」
部屋を手配してもらえると聞き、アメリアはふとあることに気づいた。
自分の荷物は壊れた馬車の中に置いたままだ。
それに新しい馬車を調達に行った御者は、さすがにもう戻ってきているだろう。
馬車の中で待っているはずのアメリアがいなくて、困っている可能性が高い。
「荷物? そういえば、アメリアは何も持っていないようだな?」
「あの……荷物は壊れた馬車の中に置いてきてしまって……。それに今頃、御者が戻ってきているかもしれません」
「なるほど。ではフィン。荷物を取りに行って、御者にも事情を説明してきてもらえるか?」
「はい」
「いえそんな、私が自分で、」
「竜に乗ればすぐだから気にしなくて良い」
「むしろ竜に乗れない人が一緒だと邪魔になる」
「あ……すみません」
フィンに邪魔だとキッパリ言われ、アメリアはしゅんと肩を落とす。
『アメリア。フィンが戻ってくるまでの間にお風呂に入るのはどうかしら?』
そんなアメリアを慰めるように声を掛けたのはエンレットだった。アメリアの顔の位置まで頭を下げて、優しく語りかけている。
『全身泥だらけだし、雨に打たれたのでしょう? そのままでは風邪を引いてしまうから、お風呂に浸かって温まると良いわ』
「え、と……」
エンレットに勧められたことに戸惑いつつ、アメリアはレイクロフトの顔色を窺う。
レイクロフトもすぐその視線に気づき、笑顔のままこく、と頷いた。
「ゆっくり浸かってくると良い」
「…………ありがとうございます」
アメリアはレイクロフトが呼んだ侍女にお風呂場まで案内してもらい、雨に濡れ、檻に入りながら空も飛んだせいで存分に冷え切ってしまっていた体を温めたのだった。