54. 頼もしい竜の通訳士へと成長する
「綺麗だ、アメリア」
幸せな気持ちを溢れさせながら褒め言葉を発したレイクロフト。
今日はレイクロフトとアメリアの婚約式の当日である。
王室御用達ブティックのデザイナーであるヘレナに作ってもらったオーダーメイドのドレスを着て、クロエや他の侍女たちの手によってヘアメイクも仕上がったアメリアを前にして、「綺麗」という以外の言葉が見つからない。
「綺麗すぎる。皆に見せたくないくらいだ」
「……っ」
思ったことをそのまま口にするレイクロフトからこのように言われ、アメリアは照れて俯き、返事ができない。
「陛下。ほどほどにしませんと、アメリア様が困っていらっしゃいますよ」
「そうか?」
返事のできないアメリアに代わって、クロエがレイクロフトに声を掛けるが、彼はきょとんとしている。
「……でも本当に。お綺麗です、アメリア様」
アメリアのためを思ってレイクロフトに一言物申したものの、アメリアが綺麗だという意見にはクロエも同意した。
きっと誰が見ても、同じ意見だろう。
一度目を奪われたら最後、釘付けになるはずだ。
彼女の清廉さも相まって、より一層美しく輝いているから。
「く、クロエさんまでやめて下さい……」
アメリアは周りからの誉め殺しに耐えきれず、ぽぽぽっと頬を赤く染め、可愛らしい顔をする。
そんな彼女を微笑ましく見つめながら、レイクロフトは手を差し出した。
「ははっ。じゃあ、行こうか」
「……はい」
差し出された手にゆっくりと自分の手を乗せて、レイクロフトに連れられながら、アメリアは婚約式の会場に向かった。
婚約式の会場は、奇しくもアメリアがこの国に来てすぐに連行された思い出のある広間が使われた。
ここは天井が高く、外につながる扉は竜たちが室内にも入ってこれるくらい大きい。
王宮の裏に住む竜全ては叶わずとも、エンレットやライロたちといった限られた数であれば、婚約式に出席してもらえるという考えの元、この広間が会場となったのだ。
入り口の両扉が開かれ、レイクロフトとアメリアは並んで会場入りした。
二人の姿を見た招待客たちは、二人の美しさに感嘆の声を漏らしつつ、拍手で迎えた。そこへライロが、自分も負けじとギィアオオと嬉しそうに鳴けば、会場は楽しい空気に包まれる。
「ふふ。ライロさんってば」
「すっかりライロに気に入られてるもんな、アメリアは」
「そうでしょうか?」
「ああ。フィンが嫉妬してるくらいだ」
「え……」
アメリアが最初に連行されてきたときから、フィンからは何かと睨み付けられていたが……。
ライロのことも相まって、フィンから敵対視されていたのかとアメリアはこのとき初めて気付いた。
「わ、私、フィンさんに何か言った方がいいでしょうか? その、ライロさんのパートナーはフィンさんですので私なんて──」
「いや。かえって怒りそうだから放っておくのが良いと思うぞ」
アメリアは慌てて弁明した方がよいかとレイクロフトに確認したが、レイクロフトはははっと笑って何もしない方が良いと答えた。
フィンのことを昔から知っているレイクロフトがそう言うのであれば、下手に話さない方が良いのだろうと、アメリアは彼の言う通りにすることにした。
気を取り直して、二人はまっすぐ前方に進み、奥で待っていた宰相の前に立った。
そこへ到着すると、宰相の仕切りで婚約式が滞りなく進行していった。
そして最後に。
「……では、こちらの誓約書に署名をお願いします」
祭壇の上に置かれていたのは、婚約の誓約書。
(……これに署名したら、私は正式な婚約者になるのね)
改めて実感するとその事実は感慨深く、アメリアは隣に立つレイクロフトをちらりと見る。
アメリアの視線に気付いたレイクロフトは「ん?」と優しい眼差しでアメリアを見つめ返し、その笑顔にアメリアはドキッとした。
なんでもありません、と小声で返事をして、アメリアは目の前の誓約書に名前を書いていく。
……二人の名前が書かれた誓約書を確認して、宰相は大きな声で宣言する。
「ここに、レイクロフト・ウェルズリー陛下と、アメリア・ドローレスの婚約が成立しましたことを発表いたします」
待ちに待った宣言を聞いた会場内はワッと沸き、大きな拍手に包まれた。
そんな中、レイクロフトは「そして」と発言をする。ここにいる皆に、婚約成立と合わせて伝えたかったことだ。
「……そしてもう一つ皆に伝えることがある。アメリアにはこれより、我が国初となる竜の通訳士になってもらう」
これに一番反応したのはライロだった。
『おおー!!』
また、ライロ以外の竜たちも、竜たちの方がアメリアを見知っている分、良い反応をしている。
しかし代わりに、招待客たちは「竜の通訳士」なんて初めて聞く単語に若干戸惑いを見せている。
「陛下は今なんておっしゃいました?」
「竜の通訳士と言ったか?」
「それは一体どういう……」
そんな招待客たちに、一度ごほんと咳払いをして注目を集め直したレイクロフトが説明した。
「ここにいるアメリアは、全ての竜の言葉が分かる能力を持っている。自分のパートナーに限らず、全ての竜の言葉が分かるのだ。そして、その能力を活かせるように「通訳士」という仕事を考えた。まだパートナーを持たない竜が問題を抱えたとき、アメリアのこの能力は大いに活躍すると考えている。また、人間と竜をパートナーとして結びつけることにも一役買うだろう。何かあれば王宮まで連絡を」
「よ、よろしくお願いします……」
レイクロフトに随分と期待されているような紹介をされて、アメリアは恐縮しながら頭を下げた。
アメリアの能力を聞いた招待客たちは、容易には信じられないといった表情をしていた。だが、竜たちやレイクロフトからの気に入られぶりを目の当たりにしているため、それが嘘ではないのだろうと考えた。
誰からともなくパチパチと拍手が始まり、終いには会場中に優しい拍手の音色が響いていた。
拍手を送られたことで、アメリアはホッと安堵できた。
「レイクロフト様」
「何だ?」
「私……頑張ります。王妃としても、竜の通訳士としても。この国の皆さん……人も竜も分け隔てなく、皆さんが幸せに暮らせるように。レイクロフト様の隣で、頑張らせてください」
それは、レイクロフトにだけ聞こえるような小さな声で、しかし、確固たる意思が感じられる言葉だった。
「ああ」
人も竜も幸せな国。
それは、レイクロフトが望む国そのものだ。
こちらが言わずとも、同じ理想を掲げてくれたことに、レイクロフトの中では嬉しさが込み上げた。
そして、嬉しさのあまりなのか? レイクロフトはおもむろにアメリアに顔を近づけ、ちゅ、と頬に口付けをした。
「!? な、何を……!?」
突然のことに、アメリアは驚いて顔を赤くし、目をくるくると回している。そんな彼女を、レイクロフトは愛しい者を見る目で見つめて言う。
「こちらこそ、よろしく頼む」
招待客と竜たちは、二人の仲睦まじい様子を見せつけられて、皆が微笑み合い、幸せな時間を過ごしたのだった。
────こうして正式にレイクロフトの婚約者となり、また、竜の通訳士として公に発表されたアメリアのことは、瞬く間に国中に広まった。
アメリアが通訳した案件の第一号であるマリアーナとレディエの話も、本人たちの口から広められたため、その能力への期待も高まった。
おかげで、通訳士への依頼は予想以上に来て、アメリアは対応に追われることになった。
「あまり無理しすぎないでくれ。心配になる」
「大丈夫ですよ」
「そうは言っても……。昨日もあまり寝てないだろう?」
「……寝ましたよ?」
「今の間は嘘だな」
すぐさま見破られたアメリアは、ぎくりとして、眉尻を下げる。
「すみません」
「まあ何事にも一生懸命なところは、アメリアの良いところだがな。……それで、次の案件はどんな内容だ?」
「えっと、パートナーの竜が口をきいてくれなくなったそうです」
机の上に置かれた依頼書を手に取り、レイクロフトに内容を簡単に伝える。
「喧嘩でもしたのか?」
「だったら良かったんですが、ご依頼主の方には心当たりがないそうで」
「それでアメリアの出番ってことか」
「はい。私になら理由を話してくれるかもしれないので、聞きに行ってみます」
「頼もしくて助かるよ、通訳士殿」
「ふふ。レイクロフト様にいただいた役目ですから、しっかり勤めを果たします」
アメリアは、のちに王妃となり公務が忙しくなっても竜の通訳士の仕事を手放すことはしなかった。そうして何事にも誠心誠意向き合う姿勢は、国中の民と竜たちが誇りに思い、そして、皆から愛され、尊敬される人物へと成長していったのだった。
完
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