52. 想いが通じ合う
「……申し訳ないが、今の家族とは縁を切り、宰相の養女になってくれないか?」
突拍子もないレイクロフトからの提案に、もはや驚きも通り越して固まってしまうアメリア。
「俺は君を牢屋に入れるつもりは全くない。だが、君があの母娘と家族でいれば、どうしても君にも処罰を求める声は上がるだろう。だから、パンガルトの家族とは縁を切って、ルフェラの民になってほしい」
「で、でも、宰相様の養女だなんて……」
「宰相には先に話を通してある。奥さんも、自分たちには娘がいなかったから嬉しい、と言ってくれているらしい。それに、宰相は侯爵位でな。パンガルトの家族とただ縁を切るだけでなく、ルフェラの侯爵の養女となれば、文句を言う奴も少なくなるはずだ」
……文句、というのは。
罪人の家族に処罰を与えないこともさることながら、もう一つ。
これからレイクロフトが告げることへの文句である。
「そして養女になった暁には、正式に王妃として迎えたいと思っている」
アメリアはさらに言葉を失った。
「そ、れは……」
「強制はしない。アメリアがこの国に来たときも伝えたが、俺は君に、王妃になってほしいと思っている」
そのための後ろ盾として、侯爵位を持つ宰相に白羽の矢が立ったというわけだ。
元は隣国の辺境伯令嬢だが、モリーが関与した事件によって、今後は『没落した令嬢』とか、『罪人の家族』という肩書きも付いて回ることになるだろう。
そのような肩書きをアメリアに背負って欲しくない気持ちと、王妃になることを歓迎される立場になって欲しいという気持ちが、レイクロフトにはあったのだ。
強制はしない。
けれど、レイクロフトはもうアメリア以外を王妃に迎えることは考えられなかった。
「でも……」
「何か気掛かりなことがあるなら教えて欲しい」
レイクロフトのまっすぐな瞳に見つめられ、アメリアは小さな声で答える。
「……私には、何もありません。全ての竜と話せるということ以外、何もないんです。それに、陛下はエンレットさんが私を気に入ったから王妃にと望んでいて……」
「? 何を言っている?」
アメリアの答えを聞いて、レイクロフトは不思議そうな顔をする。
その顔を見て、アメリアもつられて不思議そうな顔をした。
「この国において全ての竜と話せることはすごいことだし、エンレットに認めてもらうことはもっとすごいことだ。これ以上の資格を持つ者はいないぞ?」
「ですが……。そこに、陛下のお気持ちはあるのでしょうか?」
眉尻を下げた苦しそうな表情で、アメリアはレイクロフトを見つめる。
それは、彼女が一番気にしていた部分だ。
「私の能力やエンレットさんから認められたからという理由には、陛下のお気持ちが含まれていないと思います。陛下は、好きでもない私と、」
「好きだぞ?」
好きでもない私と結婚しても、と続けるつもりだった。
しかし言い終わる前に、レイクロフトからはケロッとした顔で言われてしまう。
「え……?」
「え……?」
お互い何を言っているのかと、目を見合わせる。
「え、あの……」
「俺がアメリアを好きじゃないなんて誰かから言われたのか?」
「いえ、あの……」
「俺はエンレットよりアメリアを好きな自信があるぞ。むしろ、好きという言葉では足りないくらい想っている」
「あの、陛下……」
「好きだアメリア」
レイクロフトは瞳に燃えるような想いを宿して、アメリアに告げる。
「好きじゃなければ、こんなに何度も求婚しない。能力もエンレットも関係ない。俺が、君を好きだから。だから結婚してほしいんだ」
「……っ」
まっすぐな想いに、アメリアは言葉を詰まらせる。
「勿論、俺がこの国の王だから、俺と結婚すれば否応なしに王妃の座に就かなければいけない。そうなればアメリアにも公務をしてもらう必要が出てくるから、楽な生活とはいかないだろうが……。それでも俺は、アメリアに隣にいて欲しい。一緒にこの国の民と竜を守る役目を担って欲しいんだ」
こんなにも熱烈な告白を受けたのは、初めてだ。
そして、自分の中でも同じくらいの熱が湧くのを感じるのも初めてだ。
「…………レイクロフト様」
「ん?」
「ありがとうございます。……私もあなたが好きです」
誘拐されて、アメリアの頭に浮かんだのはレイクロフトだった。
今までに彼からもらった言葉も、想いも、全てが嬉しくて、心に響いて止まない。
彼に恋に落ちるのは必然で、この感情は「好き」という言葉以外では表せないだろう。
アメリアははにかみながら、返事をした。
「私をあなたの妃にしてください」
「アメリア……!」
ようやく嬉しい答えを聞けて、レイクロフトは大いに喜んだ。
その場で飛び跳ね、勢いでアメリアに抱きつき、どう反応すれば良いのか分からないアメリアはどきまぎと困惑していた。
「嬉しい……。ありがとう、アメリア」
レイクロフトに耳元でそんなことを言われ、アメリアはそっと「こちらこそ」と返事をしたのだった。




