49. 最後に思うのは
「そうそう、それでね。あの子竜、最近何も食べようとしなくてさ。どうにか説得して食べさせてくれない?」
マクドネルはそんな大層なことを簡単にアメリアに言う。
「万が一があって売りに出せないと困るし、あるいは、売りに出して一ヶ月もしない内に死なれても不良品を売ったのかって責められて、信用問題に繋がっちゃうからね」
アメリアがどんなに言っても彼らは竜を商品としてしか扱わない。「不良品」などと言われては、憤りが溜まる一方だ。
「……母竜と引き離されたからでは? 今からでも母竜を、」
「だからあ、母竜はもうここに居ないし、売りに出した竜を連れ戻すなんてできるわけないんだって。良いから早く説得してよ」
至極真っ当な意見のはずのアメリアの言葉は、ジョシュに鼻で笑われた。
世間知らずのお嬢様め、とでも言いたげな目もしている。
そこに、マクドネルも乗っかってくる。
「もし君が説得しなかったらあの子竜は死んじゃうかもよ? それでも頑なに、ここで仕事はしないなんて言い張るつもり?」
(…………卑怯ね)
最低な男たちと、それに、オークションで生き物を買うような最低な貴族なんかのために説得なんてしたくはない。
けれど、ここで何もしなければあの子竜はいつ息絶えてもおかしくなさそうなのだ。
竜が絶食しても問題ない一ヶ月という期間は、恐らく大人の竜の標準なのだろう。
目の前の子竜は絶食して二週間程度らしいけれど、そもそも痩せ細りがひどく、衰弱しきっているように見える。
もしここでアメリアが何もしなければきっと数日で……。
嫌な未来が、アメリアの頭をよぎる。
「ほら、早くしないと死んじゃうよ?」
そんなアメリアの葛藤なんて無視して、マクドネルとジョシュは彼女を急かす。
心無い彼らの言葉に怒りを覚えたアメリアはグッと拳を握り締めながら、マクドネルたちに言った。
「……私には無理です」
「は?」
「あの子は、確かにこのままでは死んでしまいます。ですがこんな環境で……ゆくゆくは誰かに売られてしまう未来なのであれば、生きてほしいとは言えません」
アメリアにとっては苦渋の決断だ。
子竜を見殺しにはしたくない。
けれど、この劣悪な環境で生きながらえさせるために食事を取れとは言いたくない。
「……ただもし」
そして続ける。
もしも、と言いながら、そうなることを期待して。
「陛下が助けに来てくれて外に出られたなら、子竜だけでなく、今ここに監禁されているすべての動物たちにたくさんご飯をあげます。……そのときもまだ食べたくないと言われたら、私は全力で説得します」
アメリアの瞳には強い意志が宿っている。
もはや、マクドネルたちでは揺らがせられないほどの強さだ。
しかしこれによりマクドネルとジョシュは、聞き分けの悪いアメリアにとうとう憤りを発散させてしまう。
「はあぁ?」
「何言ってるんだろうねえこの子」
「自分の立場が分かってないわけ?」
「君は今誘拐されているんだよ? 君に拒否権なんてないよ」
男二人に圧をかけられ、アメリアは怯みそうになるも、必死に睨み返す。
「いいえ。私はたとえ死ぬことになっても、あなたたちのために仕事をする気はありません」
「…………あっそう」
アメリアから頑なな意思を感じ取ったマクドネルは、低い声でボソッと呟き、アメリアに一歩近づき、右手を振り上げた。
次の瞬間、バシッと鈍い音が部屋に響き、そしてアメリアは床に倒れ込んだ。
「聞き分けの悪い子は嫌いだよ」
今までヘラヘラと笑っていたマクドネルが豹変し、アメリアの頬を叩いたのだ。
咄嗟のことにその平手を避けられず、また、今も後ろ手に縛られているため受け身も取れないアメリアは床に倒れ込むしかなかった。叩かれた左頬と同時に右肩も負傷してしまう。
強烈な痛みに、声も出ない。
「……っ」
「何のために君を誘拐したと思ってるわけ? しかも陛下が囲っているってんで、王宮内に利用できそうな人間探して、緻密な誘拐計画まで立ててさ。それなのにやらないって……そんな我儘が通るわけないでしょ?」
マクドネルは淡々と、アメリアに言い聞かせるように話している。
(我儘……? 私のこれは、我儘なの……?)
「あーあ。とんだ期待はずれだよ。せっかくもっと稼げると思ったんだけどなあ」
マクドネルはアメリアに話しながら、目をキョロ、と動かしてある物を見つけた。
そしてそれを取りに行き、アメリアの前までやって来てしゃがみ込んだ。
「……死ぬことになっても良いって言ったよね?」
そう言ってマクドネルは、アメリアの眼前に謎の小瓶を取り出した。中には透明な液体が入っている。
「これね、竜が暴れたときに使ってる精神安定剤。これを注射するとどんなに暴れる竜も速攻で落ち着かせられる優れもの。でもね、人間には猛毒なんだよ」
マクドネルの口角が不気味に上がった。
「え、マスター……? 何やって……」
「こっちの顔見られてるのにそのまま生きて帰すわけにはいかないからねえ」
床に倒れたままのアメリアは、次に自分がされることを想像して青ざめる。
「え? え? じょ、冗談ですよね?」
「……ジョシュ。お前もこちら側で働きたいのなら、こういうこともできるようにならなきゃいけないよ?」
慌てている様子のジョシュを見るに、彼自身はそこまでするつもりはなかったのだろう。
だが逆に、手慣れた様子のマクドネルはもしかしたら想定していたのかもしれない。さらに言えば、今までも同じように……人に手をかけたことがあったのかもしれない。
小瓶の液体を注射器で取り、未だ床に倒れているアメリアの腕を掴むマクドネル。
肌に触られたことにゾッとして必死に振り解こうとするアメリアだったが、今の体勢では全く意味がなかった。
「離してっ……!」
「ああもう暴れないでよ。めんどくさいなあ」
そう言いながらマクドネルはアメリアの腕に更に力を込め、注射器を構える。
グッと爪が食い込むほどの力で掴まれ、痛みとおぞましさでアメリアは顔を歪めた。
そして最後に思うのは、“こんな人たちに殺されるのか”という遺恨の念と、それから──。
「……レイクロフト様」
アメリアはかすれる声でその名前を呼んだ。




