48. 檻の中の生き物たち
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「ふひ、君がこんなに可愛らしい子だとは思ってなかったよ。あの母娘は君のことを貧相だのみすぼらしいだの言ってたのに、全然違うじゃないか。普通にお嫁にもらっておけば良かったかなあ」
マクドネルがいやらしい目つきでアメリアを見る。
誘拐された際に髪のセットや化粧が多少崩れてしまってはいるものの、アメリアの美しさは顕在だからだろう。
単に拐ってきた竜との仲介をお願いしようとしていたマクドネルにとっては嬉しい誤算だ。
一方で、そんな目を向けられたアメリアは鳥肌が立つ。
(私、こんな人のところに嫁ぐ予定だったの……?)
ルフェラに来たとき、密猟者に間違えられて王宮に連行されたことを思い出す。冤罪ではあったが、あのとき捕らえてくれたフィンに心の中で感謝しつつ、アメリアはマクドネルに伝える。
「私は……あなたとは結婚しません」
そしてもう一言。
「それに、あなた方が望むような仕事もしません。あんな……竜や生き物たちに酷いことなんて絶対にできません」
マクドネルとその後ろに立つジョシュをキッと睨む顔は、アメリアには珍しい表情だ。
とは言え、マクドネルたちにとっては怖くもなんともない。むしろそんな顔すら可愛らしいと思えているようだ。
「あらら。拒まれたもんだねえ」
「生意気な女ですね。マスターを睨むなんて」
「ま、良いんじゃない? そっちの方が征服しがいがあるし」
くふっ、とまた気持ち悪い笑みをこぼすマクドネルを見てアメリアは身震いし、目を逸らす。
「じゃあ挨拶もできたことだし、そろそろあそこに連れて行こうか」
「そうですね」
マクドネルとジョシュは視線を送り合い、次の動きを話し合う。
(あそこ……?)
「こっちだ。歩け」
歩き始めたマクドネルの後ろをついて行くように、ジョシュはアメリアの腕を掴んで強引に歩かせた。
そうしてアメリアはオークション会場から一度出て、次なる場所へと連れて行かれた。
***
ふんふーんと鼻歌交じりに歩いていくマクドネルと、その後ろを無言で歩いていくジョシュとアメリア。
会場から出て廊下を真っ直ぐ進んだ突き当りに、その部屋はあった。
先程の荘厳な木の扉とは異なり、アメリアたちの目の前には無機質な鉄の扉が立ちはだかる。
(ここだけ異質な感じがするわ……)
扉の材質もあるだろうが、その先にある何か嫌な感覚が、アメリアに伝わってきているのだろう。
だが男たちはアメリアの異変には気づかず、そのまま扉を開けて中に入って行く。
「ここに入れるのはごく一部だけだから、光栄に思え」
ジョシュがぼそりとアメリアに向かって呟くと同時に、アメリアは部屋の中を確かめる。
その目に映ったのは……頑丈な檻に入れられた無数の生き物たちだ。
「これは……!」
思わず声を漏らしてしまったが、無理もない。
その数は目に見えるだけでも十を超える。
しかもその姿は、先程の『金色の角を持つ角兎』のようにその種としては珍しい様相の生き物ばかり。
「この子たち皆、オークションの為に……?」
「ああ。もちろんこれらが全部今日のオークションにかけられるわけじゃないけどね。僕達が手に入れた生き物は一旦この部屋で檻に入れて、オークション当日まで管理しているんだ」
「こんな狭いところに……」
「そうは言うけど、野生で暮らすよりは安全だよ? 捕食してくる敵はいないし。それに、食事とかもちゃんとあげてる」
「そういう問題では……」
『あたらしいにんげん……』
「!」
ジョシュとの言い争いを見せたアメリアだったが、その耳にギュウアと聞き慣れた竜の声が言葉で聞こえてきた。
声がした方にバッと顔を向ければ、まだ色のない、白色の子竜がこちらを見ている。
「おお。もしや今あの子竜が何と言ったか分かったのかい?」
子竜が鳴いた瞬間にそちらを見たアメリアの反応から、半信半疑であったアメリアの能力に感嘆の声を漏らすマクドネル。
だがアメリアは明言を避けた。マクドネルの質問には答えず、逆に質問を投げ返す。
「あの子竜はいつからここに?」
「いつから? うーんそれで言うと、アレは特殊でね」
(特殊?)
「幸運にも僕たちが密猟した竜が卵を産み落としてくれたことがあってね。孵化したのは……一年前くらいだったかな?」
「ここで孵化を? では母竜もこちらに?」
話を聞いてこの狭い部屋の中に大きな体の母竜もいるのかと周りを見渡すアメリアだったが、その想定は外れてしまう。
「母竜はもういないよ。ほら、あの子竜もそろそろオークションにかけられそうなくらい育っているだろう? だから母竜は先にね、確か二週間前に売却済みだ」
「え……」
けろっと衝撃的な話をしたジョシュを、真っ青な顔をしたアメリアが見上げる。
「母竜を売った……? 親子を引き離したんですか?」
「うん。親子で売ることも考えたんだけど、母竜は子竜にべったりでさ。あれじゃあオークションで高値が付いても移送に困りそうだし、売った先でも問題起こしそうだったからね。マスターと話して、親子は別々で売ることにしたんだ」
「は……母親が子供の側にいるのは当たり前じゃないですか! それをそんな……売れるとか、移送とか、そんな理由で……?」
「ふひひ、これはビジネスだからね。竜に限らず、生き物側への同情心は捨てた方が良いよ。そうじゃないと仕事にならないから」
ジョシュもマクドネルも平気でそんなことを言うので、アメリアは呆然としてしまう。
言い返そうにも、何から言えばいいのか言葉が出てこない。
『ママ……』
そんな中、アメリアの耳に届いた母親を恋しがる子竜の言葉は、彼女の胸をさらに苦しめる。
(彼らにもこの声が聞こえれば良いのに……)
竜の言葉が人間に通じないことがこんなにももどかしいのかと、アメリアは苦い表情をしたのだった。




