47. マクドネル邸に隠されていたもの
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レイクロフトが外に出ると、すぐにエンレットが飛んできた。
ライロたちが竜騎士と動き始めたときに、エンレットも話は聞いていた。彼女もアメリアを捜しに行きたくてうずうずしていて、レイクロフトが外に出てくるのを今か今かと待っていたのだ。
「遅くなってすまない」
『パーティーはもういいの?』
「あとは宰相がなんとかしてくれる」
『あら、また彼に無茶を言ってきたのね』
エンレットがくすりと笑い、レイクロフトに背中を預ける。
『どの辺りを捜す?』
軽い身のこなしでエンレットの背中に乗ったレイクロフトにエンレットが尋ね、レイクロフトは早口で答えた。
「マクドネルの邸宅は分かるか?」
『そのマクドネルってやつが犯人? さすがに分からないわね』
「拐ったのは奴の甥なんだが、恐らく奴が黒幕だろう。邸宅は街の西側だ」
『了解』
方角を聞いて、エンレットはその大きな両翼をバサッと左右に開き、天高く飛び上がった。
***
エンレットの背に乗って速度制限もなく飛べば、一瞬にしてマクドネルの邸宅の上に到着する。
西側に向かって行き、邸宅の付近まで行ったところでレイクロフトが目的地を指で指して教えたのだ。
成金貴族なだけあって、その邸宅の土地は他の比ではないくらい広く、外観も派手で、夜目でも上から分かりやすかったのもありがたい。
エンレットが無駄に広い庭に降り立つと、数名の警備兵に取り囲まれた。だが警備兵たちはすぐ、侵入者がこの国の王と王竜であることに気づき、警戒を解く。
警戒が緩んだ隙にレイクロフトは前進し、邸宅の玄関を叩いた。ガンガンと遠慮なく、誰かが出てくるまで延々と叩き続ける。
「マクドネル!! いないのか!!」
レイクロフトが荒っぽい声をあげると、ようやく中から執事長と思われる年配の男性が出てきて、応対した。
「……あなたは……! お待たせして申し訳ございません。旦那様はただいま不在でございます」
執事長もすぐ相手を理解したようでレイクロフトに頭を下げたが、レイクロフトは執事長を横に追いやり、マクドネル邸の中に入った。
執事長が「お待ちください」と声をかけても、レイクロフトの耳には入らない。ただ、エンレットの声は聞こえるようだ。彼女が声をかけたので、レイクロフトは一旦足を止めた。
『レイ』
「ああ、すまん。エンレットはそこで待っていてくれるか? 俺が一人で中を探してくる」
『分かったわ』
さすがにエンレットの大きさでは邸宅内には入れない。そのため、エンレットには玄関前で待機してもらい、レイクロフトは一人で中に入って行った。
「……ここは、図書室か?」
一階の部屋をくまなく見ていく中で右奥にある扉を開けると、両側の壁一面に本が並んでいた。扉のすぐ脇の台に燭台と蝋燭、それからマッチ箱が置かれていたので、レイクロフトは蝋燭に火を灯して薄暗い部屋の中を確認して行く。
個人の邸宅の割には立派な図書室だ。
彼の背より高い本棚に本が隙間なく入れられているので、数は数千冊に及ぶだろう。
レイクロフトは本の背表紙を灯して、どんな本を集めているのかも確認する。
「さすがマクドネル。並んでいるのも珍しい書物ばかりか。……ん?」
奥へと進んでいくと、右側の壁に一枚の扉があった。部屋に入ったときには本棚が死角となって見えなかった扉だ。
それに……この部屋は邸宅の中の一番右奥。
間取りからすれば、この部屋の右には部屋などなく、外へと繋がってしまうはずである。
「図書室から外への扉……? いや、あるいは……」
そう言いながらドアノブに手を掛けて回そうとしたレイクロフトだったが、扉には鍵がかかっていて開かなかった。
「開かないか。鍵も……なさそうだな。なら……」
周辺を簡単に探してみるが鍵のようなものは見当たらない。開けられないならば、とレイクロフトは踵を返し、図書室を出て玄関に向かった。玄関にいるエンレットと合流するためだ。
「エンレット。こっちへ」
『何か見つけた?』
「右奥の部屋の右側の壁に扉があった。でも鍵がかかっててな」
レイクロフトは玄関から左に向かって壁伝いに歩いて行き、先ほど扉があった場所の外側へと向かう。
「……やはり、外に通じる扉ではなかったか」
目的地に到着するが、彼が予想していた通りそこに扉はなかった。
『この裏に扉があるの?』
「ああ。中にはあった。だが外側にないとすれば……どこに繋がってると思う?」
『…………地下とか?』
あの扉が飾りでないとすれば、開けた先はどこに繋がるのか?
エンレットに問いかけてみたレイクロフトだったが、レイクロフトが考えていた答えと同じ答えが出てきて、彼はこくりと頷く。
「悪いが、この外壁を壊せるか?」
『壊せると思うけど……いいの?』
「俺が許可する」
『悪い王様ね』
仮にも貴族の邸宅の外壁を無断で壊すなんて問題大有りだろう。王であるレイクロフト以外がやれば、確実に牢屋行きだ。
それでも迷いなく指示を出すレイクロフトを見て、エンレットはふふっと笑う。
それから彼女は、『少し離れてて』と言ってレイクロフトを数歩下がらせてから右手を振りかぶり、外壁を鋭い爪で引っ掻いた。
ガリ、という鈍い音を立てながら何度か引っ掻いていると、邸宅の中から執事長や侍女たちが慌ててレイクロフトたちのところにやって来る。
「な、何を……!?」
「お前たちは下がっていろ」
「そんなわけには……! 一体どうしてこんな!」
「瓦礫が飛ぶかもしれん。怪我したくなければ来ない方がいいぞ」
『大丈夫よレイ。もう終わったわ』
「ん、そうか?」
主人であるマクドネル伯爵がいない間に邸宅を傷つけられたとあっては、留守を守るべき執事長にすればたまったものではない。
執事長は血の気が引いた顔をしながらレイクロフトたちに近づいて行き抗議をするが、抗議虚しく、エンレットの仕事の方が先に終わってしまった。
「…………ほう?」
レイクロフトはエンレットが外壁に開けた穴を覗く。
「予想通りだな」
穴の中は図書室ではなく……空洞。
暗闇の中、地下に続く石造りの階段が見える。
少し奥には図書室の中にあった扉の裏面があるので、図書室側から扉を開ければ、この地下に通じる階段が見えたのだろう。
「マクドネルめ。邸宅内にこんな隠し通路を持っていたとは……」
下が見えない階段は一体どこに繋がっているのか?
不思議に思いつつ見つめていると、エンレットの鼻がピクピクと動いた。
『レイ』
「ん? どうした?」
『この階段の先から、微かだけどアメリアの匂いがするわ』
「! 本当か!」
エンレットにそう言われて、レイクロフトは目を大きく見開いた。
「よし。じゃあエンレットは援軍を呼んで来てくれ」
『一人で行くつもり?』
「この幅じゃエンレットは通れないだろ?」
『それはそうだけど……』
エンレットとしては、得体の知れない地下へと続く階段を、パートナーであるレイクロフトだけ先に行かせたくないという心情だろう。
だが階段の幅や高さ的に、体の大きいエンレットも共に行くのは難しそうだ。
「俺なら大丈夫だ。心配するな」
『……分かったわ。無茶はしないでね』
本当は援軍を呼んでくるまで待っていて欲しいが、アメリアがこの先にいると聞いたレイクロフトを止めることは出来ないと悟ったエンレットは、パートナーに見送りの声を掛けた。
レイクロフトは「ああ」と返事をしてから、エンレットが開けた壁の穴を颯爽と抜け、地下へと続く階段を降りて行った。




