46. 闇のオークション会場
歩くこと数分、ジョシュとアメリアはある扉の前に到着した。その扉は精巧な彫り細工が施された重そうな木の扉で、ドアノブは金色。見るからに豪華で、特別な部屋のようだ。
「大きな声は出さないでね?」
「?」
抑え切れないわくわくを顔に出しながら、ジョシュはアメリアにそう言って、扉を開けた。
開くとそこは百人くらいが収容できそうな大きさのホールだった。前方にはステージがあり、客席にはすでにたくさんの観客が座っている。
アメリアたちがいるのは、二階のVIP席のようなところだろう。
(何ここ……。地下にこんな会場が……? それにお客さんがみんな仮面をつけてるなんて……)
地下牢から廊下続きでやって来たので、この会場は地下に作られたホールだろう。それに観客は全員、仮面舞踏会のような仮面をつけていて誰が誰だか分からない。
一つ言えることは、ここの空気がとても不気味だということ。
「どう? 良い場所でしょう」
「……ここは何をする場所なんですか?」
自慢げに言うジョシュに、アメリアが尋ねる。
地下にこんな場所を作ったことは単純にすごいと思うが、今はそれよりも気になることがいくつもある。
「何を、か。それは見てのお楽しみかな」
彼からウィンクを飛ばされ、ぞわわと鳥肌が立った。
すると突然、ホール内の照明が落ち、ステージ上にスポットライトが当てられた。
どうやら、何かが始まるようだ。
「紳士淑女の皆様、お集まりいただき誠にありがとうございます。今宵もまた、皆様に最高のものを用意しておりますので、ぜひ最後までお楽しみくださいませ」
司会と思われる男がステージ上に現れ、マイクを使って挨拶をした。男も観客同様の仮面をつけていて、顔はよく分からない。
「それでは早速始めましょう。最初の出品はこちらです!」
(出品……?)
「ここはオークション会場なのですか?」
「んー、まあそうとも言うね」
出品という単語が出る場所は限られている。
アメリアが当たりをつけてジョシュに問うも、彼は煮え切らない返事をする。
「オークションっちゃあオークションなんだけど、普通のオークションじゃあない。……ほら、あれをご覧」
ジョシュがステージを指さしたので、アメリアは言われるままに視線をステージに向ける。するとステージ上には、赤い布が被せられた四角い箱が登場していた。
そして、司会の男の合図に合わせて、布は外された。
「さあこちら! 『金色の角を持つ角兎』です!」
「!!」
布の下には頑丈な檻が置かれていて、その中には生きた角兎がいた。
角兎は、普通の兎と同じく体長は四十センチほどで、違いはその額にドリルのような角が生えていること。角兎自体は森に行けば出会える珍しくない動物だが、今ステージにいる角兎は違う。
通常の角兎には『金色の角』は生えない。
大抵がその毛並み……白や茶色といった色と同じ色の角を持つ。ステージ上の角兎は、白い毛並みながら、金色の角を持つ珍しい種類のようだ。
(パンガルトにも角兎はいたけれど、金色の角なんて初めて見たわ……)
ステージ上の角兎を訝しげに見つめるアメリアとは反対に、お目見えされた観客たちは、わあ、きゃあ、と歓声を上げ、ステージ上の角兎を一心不乱に見つめている。
「では五十から開始します」
「百!」
「三百!」
「おおっと! 早速値が上がっていますね! 三百、三百以上はいらっしゃいませんか?」
「……三百二十!」
「四百!」
「四百、四百……」
それ以上の値は出てこないことを確認した司会の男は、カンカンカン、と木槌を叩いて落札を知らせる。
「おめでとうございます! こちらの『金色の角を持つ角兎』は五十六番のご婦人のものとなります!」
落札した婦人は、ひらひらと手に持っていた五十六番の札を振り、自分が落札したのだと周りにアピールしている。
観客たちも婦人に向けてパチパチと拍手を送った。
「……ここでは生き物のオークションしているのですか?」
アメリアがジョシュに尋ねると、彼は「正解」と声を上げた。
「そう。ここは地上では禁止されている生き物の売買が行えるオークション会場だ。特に、さっきの角兎みたいに、野生では滅多にお目にかかれない希少種なんかは人気があるね」
「つまりここは…………闇市?」
「世間一般ではそう言われるかもね」
レイクロフトから聞いていた闇市の情報が、こんなところで繋がるとは思っていなかった。
アメリアは驚きで言葉を失う。
「それでまあ、君って全部の竜と話せるんだろう?」
「?」
「竜は隣国では高値で売れるんだけど、ガードが固くてなかなか捕獲が難しい。それに、捕獲しても言うことを聞かなくて困ることが多いんだ。そこで君だよ。竜と話せる君に間に入ってもらえたら、取引が楽になると思わない?」
「なっ……!」
ヘラヘラと笑ってそんなあり得ないことを言うジョシュを、アメリアは睨みつけた。
「竜の売買に手を貸すなんて絶対にしません! 竜だけじゃなく、どんな生き物たちもこんな……人の娯楽の道具にするなんてあり得ません!!」
つい声を荒げたアメリアだったが、会場はちょうど次の出品物の登場で沸いていて、幸いにもアメリアの声は客席までは届かなかった。
「おおっと。大きな声は出すなって、」
「何を騒いでいるんだ? ジョシュ」
「!」
ガチャリと扉を開ける音がしてそちらを見ると、恰幅のいい男が入ってきた。
(今度は誰……?)
「叔父さん!」
「おい、ここではマスターと呼べと言っただろ」
「ああ、すみませんマスター」
(叔父さん……? 言われてみれば、似てなくも……ない……?)
ジョシュがマスターと呼ぶその男は、横幅や輪郭がジョシュよりも一回り以上も大きく、それに頭のてっぺんは多めに肌色が見えて物悲しさも感じる風貌だ。
「で、この女が例の娘かな?」
「そうです! マスターの計画通り、うまく誘拐できました」
「そうか」
ジョシュは男に誘拐成功を報告して鼻を天高くあげた。
そんな彼を横目に、その男はアメリアに話しかける。
「怖い思いをさせて申し訳ないねえ。まあ、最初から話を聞いてくれていたらこんな手荒な真似はしなかったんだけど」
「最初から……?」
男から一応は優しく声をかけられたアメリアだったが、その言葉に引っ掛かりを覚えた。目の前の男とは今会ったばかりで、男の話を聞く場面なんてなかったはずだ。だが、次に男から出てきた言葉で、理解した。
「あの母娘、君は自分たちの言うことならなんでも聞くって言ってたから君を連れてくるようお願いしたのに、てんで期待外れだから困ったよ」
母娘と言われてアメリアが思いついたのは、モリーとメイジー。
彼女たちがルフェラの王宮まで不躾に訪ねてきたのには、アメリアをこの男のところに連れて行こうという企みがあったようだ。
そう。この男こそ──。
「……マクドネル、伯爵?」
「ふへ、初めまして。アメリア・ウッドヴィル嬢」
マクドネルの不気味な笑みに不快な笑い声が重なり、アメリアの頭の先からつま先に至るまでの体全体を悪寒がぶわっと走り抜けた。




