42. 変な男に目を付けられる
アメリアは一人で会場入りした。
実際には、後ろにレイクロフトが手配した二名の護衛が付いてきているのだが、本人はそのことを知らない。
部屋を出てからずっと、彼らは付かず離れずの良い距離感を保っている状態だ。
「すごい人……。さすが陛下の誕生日だわ」
会場内を蠢く人の多さに、アメリアは独り言を漏らした。
パンガルトにいた頃は社交界の場にほとんど出れなかったので尚のこと、この人の多さには圧倒されてしまう。
それに加えて違和感もあった。
なぜだか、周りからジロジロと見られている気がするのだ。
「陛下は綺麗だって言ってくれたけど、どこか変なところでもあるのかしら……?」
レイクロフトの言葉を信じたい気持ちはあるものの、ある種身内贔屓のような、贔屓目の意見だったのかもしれない。
アメリアにそう思わせてしまうほどに、彼女は注目を集めていた。
……それは、今この会場で一番美しいのが、彼女だからだ。
しかし、そんな名誉なことをアメリア本人は知る由もないので、彼女はその視線がただ不思議で、恐縮してしまう。
「と、とりあえず壁際にいようかしら……」
どこにいればいいのかも分からず、人がいなそうな壁を探してそこに立っていることにした。
壁を背にして立てば、多少は視線が減ったような気がして落ち着ける。
ふう、と一息ついて改めて会場内を見渡すとどこもかしこもキラキラしていて、みんな慣れた様子でパーティーを楽しんでいるようだ。
(良いなあ……)
当たり前だが、ここにいるほとんどが見知った間柄なのだろう。たった一人でこの会場に来ている心細さ満点のアメリアとは大違いだ。
今日このパーティーに参加する人で知り合いと言えるのはレイクロフトだけ。
だけど彼はこのパーティーの主役なので、この後会場に来ても貴賓の相手をしなくてはならず忙しい。
自分がここにいるのは場違いな気がして肩身が狭い思いをしつつ、臆することなくただパーティーを楽しめている他の参加者たちを羨ましく思うアメリア。
その羨望の眼差しが、周りからすると単に、憂いを帯びた壁際の花に見えてしまっているのだが、これもまた本人は露知らず。
そんな折、アメリアの美貌に落ちてしまった男が一人、軽い気持ちで話しかけにきた。
「こんばんは、お嬢さん」
(え、私……?)
知らない男に話しかけられて、念のため左右に他に話しかける相手がいないことを確認してから、アメリアは応える。
「あ、えっと……こんばんは……?」
前髪をかきあげてキメ顔で話しかけてきたこの男が誰なのか分からないので、無難に挨拶だけ返した。
「君、一人かい?」
「……はい」
(この人はなぜ私に話かけてきてるの……?)
「そうなんだね。君みたいに美しい女性には初めて会ったよ。名前を聞いても良いかな?」
「え……」
(私の名前……? どうして?)
アメリアの脳内にはてなが浮かぶ。
知らない男に質問責めにされて、どう答えれば良いのか困惑した。
(仕事のこととかは他言しないように言われてるけど、名前なら問題ないわよね……?)
相手が分からない以上、下手に回答を拒否して後から面倒ごとになっても困る。
名前くらいなら問題ないだろうと判断して、アメリアは礼をしながら名乗った。
「アメリア・ウッドヴィルと申します」
「すごいね。所作まで美しい。でも、ウッドヴィルと言ったかい? もしかして隣国の貴族のご令嬢かな?」
軟派な男にそう聞かれ、アメリアは頷きながら答えていく。
「……はい。パンガルトの出です」
「出……ってことは、今はルフェラに?」
「はい。縁あってこの国に」
「へえ。そうなんだね。もしよければ、二人きりで話せるところに行かない?」
「……?」
そうなんだね、と頷かれた後に突拍子もないことを言われ、またしてもアメリアにはてなが浮かんだ。
(今の話の流れでどうして二人きりで話したいということになったのかしら?)
「連れがいないなら良いだろう? 君みたいな美しい子を一人壁の花にしておくのはもったいないからね」
「……いえ、私は、」
「まあまあそう言わずに」
未婚のアメリアが初対面の男と二人きりになんてなれる訳がない。
それに、もうじきこの会場にはパーティーの主役であるレイクロフトが現れる。もし今ここを離れて折角の登場の瞬間を見逃すなんてこともしたくない。
そのため、アメリアはやんわりとお断りしようとした。しかし男は強引にアメリアを連れ出そうとし、アメリアの右腕を許可なく掴んで言う。
「少しくらいなら良いだろう?」
「いえでも、もうすぐ陛下が……」
「僕たち二人がいなくても気にしないさ。むしろ、このままここにいたほうが、竜王の目に留まって無理矢理妃にされちゃうかもよ?」
(……どんな心配? でもありえないわ)
「無理矢理だなんて、陛下はそんなことしません」
少しだけムッとした顔で、男に言い返す。
男は一瞬きょとんとするも、すぐに何か分かったような顔をして話し始めた。
「ああ、隣国から来た君は知らないのかな? この国の結婚適齢期の女性は皆、一度竜王の前に差し出されているんだよ? 気に入った女性がいれば王妃に迎え入れるためにね。まあ残念ながら誰も気に入らなかったから今も彼は独身なわけだけど。でもだからこそ、隣国から君みたいに美しい子が来ていると知れば、竜王は迷わず君を王妃に迎えようとするだろうね」
男はペラペラと国内事情を話していく。
「それとももしかして、その美貌で竜王を落とすつもりだったりして?」
冗談めいてそう言われるも、アメリアには笑えない。
「陛下は……そんな軽い方ではありません」
「えーそうかな? 竜王だって男だよ? 可愛い子に言い寄られればコロッと、」
「そんな方に、一国の王は務まらないと思います」
アメリアは直感で、この人とは話が合わないと思った。
初対面の相手に国王の悪評を言うくらいだ。アメリア以外でも、なかなか合う人間はいないだろう。
「申し訳ありませんが、私はここで陛下を待ちたいと思います。あなたのお話し相手にはなれません」
アメリアは彼に掴まれていた右腕を振るい、毅然とした態度で男の誘いを断った。
すると男は、「はぁ?」と顔を顰めた。
「君なんかが僕の誘いを断って良いと思って、」
男がアメリアに怒りを見せようとしたそのとき、会場に宰相の大きな声が響き渡った。
「陛下のご入場です」




