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4. 濡れ衣を着せられる

 道が悪くガタゴトと上下左右に大きく揺れながら進む馬車の中で一人、アメリアはぼーっと外を眺めていた。


 どこまで行っても薄暗い雲が続き、空気はどんよりと湿っている。外はまるで、彼女の心の中を表したようにザーザーと雨が降りしきり、弱まるところを知らない様子だ。


「お父様は無事に王都まで行けているかしら……」


 挨拶できずに別れることとなった父親の道中を案じ、アメリアは言葉を漏らした。

 王都はアメリアが向かっている方向とは逆なので、そちらでは晴天であることを祈るばかりではあるが。



 そんなときだった。



 馬車が急停止し、アメリアは勢いよく前に投げ出された。


「!?」


 何が起きたのかも分からないまま、慌てて体勢を立て直す。

 すると馬車の外から、御者の声がした。



「お嬢様、ご無事でしょうか?」

「え、ええなんとか……」

「この雨でできたぬかるみにハマってしまい、車輪が壊れてしまったようです。もうルフェラには入っており、おそらく少し行ったところに村があるはずですので、私が行って他の馬車を調達してこようと思います。それまでしばらくの間、こちらでお待ちいただけますか?」

「車輪が? それは大変だわ。そういうことなら、私も村まで一緒に、」

「このような大雨の中をお嬢様に歩かせる訳にはいきません。どうかこちらでお待ちください」


 御者が新しい馬車を調達してここまで戻ってくるくらいなら、自分も村まで行った方が遥かに効率が良い。それに、ただ待っているだけというのも申し訳ない。


 そんな考えで御者と共に行こうとしたアメリアだったが、それは御者から断固として拒否された。


「分かったわ……。じゃあ、くれぐれも気をつけて」

「はい」


 御者からそんな風に断られてしまっては仕方ない。アメリアは心配そうにしながらも御者を送り出し、自身はただ馬車の中でじっと待つことにした。




────一時間半後。


「まだ戻ってこないのかしら……」


 少し行ったところに村がある、とは言っていたが、実際村までどのくらいかかるかは分からない。

 ただその村との往復に時間がかかっているだけならば良いが、こんなに時間が経つと、途中で御者に何かあったのではないかと嫌な考えが浮かび、アメリアは内心そわそわし始める。


 しかも御者を待っている間に、雨は弱まってきて、もうじき止みそうだ。


「やっぱり私も歩いて進んだ方が……」


 いいかしら、とアメリアが言いかけながら馬車の入り口を軽く開けると、遠くから微かに声が聞こえてきた。







『…………す……けて……』







 一瞬だったので聞き間違いかと思い、アメリアは首を傾げた。

 しかし、その声は再びアメリアの耳まで届いた。しかも今度は、単語まで聞き取れるくらいはっきりと。


『たすけて……いたいよ……』


「!!」


 誰かが悲痛な声で助けを呼んでいる。

 声の主は森の中だ。


 勢いで馬車から飛び出しそうになるも、御者からここで待っているように言われたことを思い出し、アメリアは一瞬躊躇した。

 そんなアメリアに、外へ出る決断をさせたのは、さらに聞こえてきた言葉。



『お母さん、どこ……』



 お母さんと呼ぶその声の主は、まだ子供なのだ。


(母親とはぐれて怪我でもしているのかしら……)


 馬車の中と森の中で視線を行ったり来たりさせて悩んだアメリアだったが、絶えず聞こえてくる助けを求める子供の声を無視はできなかった。


(そんなに遠くに行かなければきっと大丈夫よね)


 アメリアはトランクケースを座席の上で開いて、中を漁る。

 持ってきていた薬箱と、子供が雨で濡れているかもしれないからタオルを数枚、それから体が冷えてしまっていたら温められるようにストールを一枚。


 もしものことを考えて取り出したそれらを両腕で抱え、アメリアは馬車から飛び降りた。




 ……先ほどの雨でところどころ水溜まりもできている森の中を、足元なんて気にせずバシャバシャ水飛沫を立てながら進んで行くアメリア。

 行くべき道を決める頼りは助けを求める悲痛な声だけだ。


『たすけて……』

「こっちね!」


 最初はわずかにしか聞こえなかった声にも段々と近づいていっている。するとようやく、木の枝をかき分けた先に声の主を見つけた。


「え……」


 声の主を見て、アメリアは思わず絶句した。



 それは、本の中でしか見たことのなかった生物。

 ルフェラ国ではそれと共生していて、野生もいると聞いたことがあるけれど、まさかこんなにすぐその姿が見られるとは思っていなかった。




「竜…………?」


 トカゲに羽が生えたような姿で、全身鱗で覆われている生物は、竜以外にはいないだろう。

 アメリアの知識では、大人の竜は人も乗れるほど大きいはず。だから、全長一メートルほどしかない目の前の小さな竜は、きっとまだ子供だ。


 しかしそんな竜との初対面で感慨に浸る間も無く、アメリアはすぐあることに気がついた。


「! 血が……」


 きゅうう、と地面にふせってしまっている子竜にさらに近寄り、怪我の様子を探る。

 地面は雨で濡れている。膝をつけば間違いなく服は汚れてしまうが、そんなことを考える余裕なんてない。ただ一心に、目の前の子竜を心配し、助けようとしていた。


「これって……狩猟に使う罠? 足を捕られて抜けなくなったのね?」

『いたいよ……』


 いわゆるバネ式のねずみ取りのような罠だ。

 餌か何かを置いておくと、何者かがそれを取った瞬間に手や足がバチンと挟まれて逃げられなくなる。


 それだけならまだ良かった。

 この罠はひどいことに、先がギザギザに尖っている。

 つまり、罠に捕まってしまった子竜の右足に、ギザギザと尖った刃が食い込んでしまっているということだ。

 竜の血はそこから流れ出ていて、近くで見るとその傷はさらに痛ましい。


「一体誰がこんな……。待ってて。すぐに取ってあげるわ」


『! いやだ……!』


 急いで罠から解放してあげようとアメリアが手を伸ばしたのだが、弱った子竜はその手に驚いてバタバタと動き出す。


「あ、まって……! あんまり動いたら……」


『いたいよお……!! こわいよお……』


 動いたせいで余計に罠が足に食い込んでしまった。

 ニイィ、と鳴き声を出す子竜に、アメリアは必死に話しかけながら救出を試みる。


「お願いだからじっとしてて……。そしたらすぐにその痛いのを取って……」



「何をしている!!」




 慌てふためくこの場面に、突然男が割って入ってきた。

 ガサゴソと枝木をかき分けて現れたその男は、軍服を着て腰に帯刀している。見るからに騎士のようだ。


「まさかお前みたいな女が竜の密猟をしていたとは!」

「……え?」


 男はアメリアと子竜の状況を見て、何を勘違いしたのか目をかっぴらき、アメリアに向かって怒鳴り始めた。


(竜の密猟?)


 男に怒鳴られた内容が、アメリアには全くピンと来ていない。しかしそんなアメリアを置いてきぼりにして、男は話を進めてしまう。


「竜の密猟は重罪だと知っているだろう! しかも子供の竜を狙い、怪我まで負わせるとは、なんと卑劣な!!」

「え?」


 そう言われて、ようやくアメリアはハッとした。


(勘違いされているのね?)


 今しがたここで出くわした彼からすれば、この状況は子竜を罠にかけて獲物がかかってないか確認しにきた悪者がアメリアといったところだろう。

 つまり、完全な濡れ衣だ。


「あ、あの、違うんです。私は……」

「言い訳無用! 話は王宮で、王様の前でじっくりと聞いてやる!」

「お、王宮……?」


 それにはさすがのアメリアも血の気が引いていく。

 隣国に嫁ぎにきた娘が、道中で捕まえられて王宮に連れて行かれたなんて話は聞いたことがない。そんな前代未聞の珍事は、実家にも嫁ぎ先にも迷惑をかけてしまうだろう。

 そう考えたアメリアは必死に抵抗してはみた。


「ここ、困ります。私はただ……っ!」


 ……が、長く引きこもっていて筋力などほとんどない彼女の抵抗は余りにも弱い。そんな抵抗虚しく、追って出てきた男の部下と思われる騎士たちにより、アメリアは呆気なく捕まった。

 両手を縄で縛られ、口も布で塞がれて、動くことも言うことももう何もできない。



「よし、行くぞ。その女を檻へ入れろ」

「はい」



 男に命令された部下に腕をきつく握られて、アメリアは連行されたのだった。

ようやく竜の登場です。

今日はあと、お昼と夜にも1話ずつ投稿します。

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