39. 義家族を問い詰める
レイクロフトが王宮から出ると、どこからともなくエンレットがふわっと頭上から飛んできて、一緒に正門前へ向かった。
正門前に到着すると、宰相から聞いた通り叫んでいるモリーたちがいた。それを確認したレイクロフトは、まずは一喝して場を鎮める。
「何をしている!」
彼の一声を聞いて振り返り、しかもその隣にエンレットまでいることを確認した門兵二名は目が飛び出そうなほどに驚いてから、慌てて道を開けた。
「へ、陛下! どうしてこちらに!?」
「正門前が騒がしいと聞いたんだ」
「申し訳ございません。我々で抑えられず、」
「いや。お前たちを責めに来たわけじゃない。俺はただ、騒ぎを起こしている者に大人しくしてもらおうと思っただけだ」
そう言ってレイクロフトは、門兵には笑顔を見せつつ、モリーたちには冷たい視線を向けた。
まるで氷柱で突き刺されたかのような鋭い視線にモリーもメイジーも思わず萎縮し、動けなくなる。
「アメリアには会わせられないと伝えたはずだが、こんなところで大声で騒ぐとは、一体どういうつもりだ?」
レイクロフトは睨みつけながら尋ねた。
モリーは彼の威圧的な態度にごくりと息を呑み、それでもなんとか言葉を振り絞っていた。
「わ、私たちは……。ただ娘に会いたくて……」
「今更娘扱いか?」
「今更だなんて! 私はずっとあの子を娘として、」
「虐げてきただろう? ろくに食事も与えず、新しいドレスも買ってやらず、使用人以下の扱いだった。違うか?」
「そんなまさか! ……私達の間には何か誤解があるようです」
(白々しいな……)
アメリアのことを調べたのは、王が信頼を置く情報屋。情報に間違いなどあるはずがない。
呆れてものも言えなくなったレイクロフトだが、それをどう勘違いしたのか、なぜかメイジーが前に出てきた。
「お可哀想な王様。お義姉様の嘘にだまされてしまったのですね」
これには、レイクロフトの眉尻がピクッと動く。
“可哀想”なんていう言葉は、彼が王となってからこの方、言われることがない哀れみの言葉だ。
それに、アメリアを悪者にしようとしている言い方も気に食わない。
「……アメリアは関係ない。俺は、信頼できる情報屋から聞いた事実を話している」
「ではその情報が間違って、」
「王が使う情報屋が間違った情報を渡すと思うのか?」
「……っ」
もはや言い逃れできるわけがない。
それでも引き下がろうとしない母娘は、強靭な精神を持っているのか、空気が読めないのか、あるいはどうしても退けない事情があるのか。
「そこまでしてアメリアに会わなければいけない理由は何だ?」
単純に疑問だった。
隣国の辺境伯夫人とその令嬢が、これまで虐げ続け、挙げ句の果てには借金返済のために隣国に嫁がせまでしたアメリアに会いに来る理由は何なのか。
「……金か?」
考えたくはないが、王宮で勤め始めたと聞いて、金をせびりに来たとか。
「それとも、また良い縁談があるとでも言ってろくでもない貴族へ売る気か?」
マクドネル伯爵のように、金はあるがそれだけのような男は他にも探せばいるだろう。そういう相手に売れば、モリーたちはさらに金を受け取れる。
「他にどんな悪どいことを企んでいる?」
想像しただけで怒りの気持ちが昂り、今にも襲い掛かりそうな表情のレイクロフトが、質問を重ねていく。
それを横で見ていたエンレットが『レイ』と優しく名前を呼んだ。
『こんな人たちのためにあなたは怒らなくていいわ。必要なら私が脅せばすむもの』
そう言ってエンレットは右足を一歩前に出し、モリーとメイジーに向かって思い切り口を開けて咆哮した。
彼女のギアォオという叫びは、正門前一帯に響き渡る。
モリーたちは「ひっ」と短く声を上げ、竜への恐怖で縮み上がってしまったようだ。
『ほらね』
「やりすぎでは?」
『あなたの魔王のような顔よりはマシじゃない?』
「まおっ……。そんな顔してたか?」
『ええ。到底アメリアには見せられないような恐ろしい顔だったわよ』
モリーたちを黙らせることに成功したエンレットは、レイクロフトに清々しそうな笑顔を見せた。それにより、張り詰めていたレイクロフトの気持ちも緩められたようだ。
彼は、ふっ、と困ったような笑顔を見せてから、モリーたちに向き直して再び尋ねた。
「それで? アメリアに何の用だ?」
「そ、それは……」
モリーもメイジーも、視線は左右に動いて慌てている様子。
「一応言っておくが、この竜は王竜というこの国で最も偉い竜だ。そしてアメリアは、この王竜からも気に入られている」
レイクロフトは、隣に凛と立つエンレットの体を撫でながら、何も知らないモリーたちに教えてあげた。
もしアメリアに対してよからぬことを考えていたなら、今のうちにやめておけという牽制だ。
暗に、王竜のお気に入りとなったアメリアに何かすればこの国の竜全てを敵に回すことになると示唆している。
しかしその牽制が届かなかったのか、あるいは牽制されても尚、後には引けない状況なのか、モリーはアメリアに話したかった内容を告げ始めた。
「…………アメリアに、マクドネル伯爵の元に嫁いでもらわなければならないのです」
……その話はもう終わったはずだ。
アメリアが王宮で通訳士として働くと決まったときに、モリーたちの借金はレイクロフトが返済し、マクドネル側にもアメリアが王妃候補になったから嫁がせられないと通達した。
それなのにどうして、今もなおマクドネルに嫁がせるという話が出てくるのか?
レイクロフトは不思議で首を傾げる。
「あることを理由に脅されています。どうしてもアメリアが欲しいと言われ、手紙では応じてもらえない可能性があると思ったので、仕方なくこの国まで来て……」
「ええ!? そうだったのですかお母様! ただお義姉様のお給金をいただきつつ、観光するだけだと……」
メイジーは本当の理由を知らずにここまで来ていたらしい。
彼女が漏らした「アメリアのお給金をいただきつつ」というところは引っかかるが、今はそれよりも、モリーがメイジーには本当の理由を伏せていた理由の方が気になった。
レイクロフトは、ふと思いついた推測を述べる。
「この国の王に気に入られて王宮勤めとなったアメリアを、改めてマクドネル伯爵の元に嫁がせるのは至難の業だと思ったのか? 例えば……アメリアの代わりに王宮に働き手を差し出す必要があるかもと?」




