33. 過去に乗り越えたから今がある
レイクロフトの一喝により、モリーとメイジーは意気消沈し、抵抗する力も出せずに部屋から連れ出された。
不敬罪を問うために牢獄へ、となるところだったが、そこはアメリアが嘆願したことで免れることになった。
一応アメリアの家族であることと、隣国の辺境伯夫人とその令嬢でもあるので、重い罰を与えてしまうと国の問題になりかねないと説得したのだ。
レイクロフトとしては国家間の問題は気にしなくて良いと思ったのだが、アメリアがそれを望まないのであれば強行しても意味がない。
罪を免れた二人は部屋から連れ出され、そのまま王宮の外へと放り出された。
その様子は、レイクロフトに命じられたフィンがしっかりと見届けた。
***
「二人は初め、地べたに座り込んでいましたが、数分ほどで立ち上がり、足取り重く去って行きました」
レイクロフトとアメリアは、レイクロフトの執務室に移動しており、ソファに対面で座りながら、戻ってきたフィンからその報告を聞いた。
「お継母様たちは大丈夫でしょうか? 泊まるところや帰りの馬車など……問題なく帰れれば良いのですが」
「あんな者たちのためにアメリアが気を病む必要はない。……が、それもまたアメリアの優しさか。フィン、悪いが二人の動向を追ってくれるか? 危険な目に遭いそうであれば助けてやれ。無事ルフェラを出られたら改めて報告を」
「……分かりました」
フィンは嫌そうな顔をしながら、レイクロフトの命令を聞いて執務室を後にした。
彼の背中を見送ってから、アメリアはレイクロフトの方へ向き直し、お礼を言った。
「ありがとうございます陛下」
「いや。……というか、すまないアメリア。君の家族だと言うのにあんなことを言ってしまって」
レイクロフトに頭を下げられ、アメリアは慌てて頭を上げさせる。
「とんでもないことでございます! あの二人が陛下に無礼を働いたのは事実ですから。陛下が怒るのは当然です」
「それは……そうなんだが……」
レイクロフトは視線を右往左往させ、言いにくそうにしながら話した。
「実は、裏で調べさせてもらった。……君のことを」
「え……」
「隠れて調査をしてすまない。ただ一応、王宮で雇うからには、素性をきちんと調べておくべきだという意見もあって……」
(それはそうよ。冤罪だったけど、密猟者と間違えて連れて来られて、あんなみすぼらしい格好をしていたんだもの。あれで隣国の辺境伯令嬢だと言われても、簡単には信じきれなくて当然だわ)
レイクロフトは至極申し訳なさそうな顔をしているが、その意見は真っ当で、そのことを知ったとて責めるつもりは毛頭ない。
「……だから先ほど、メイジーをあんな風にはねつけたのですか?」
「ああ。あの二人が君にどんな環境を与えてきたのか知っていたから、黙っていられなかった。さすがに隣国の辺境伯邸にまで殴り込みには行けないけど、幸いにもあちらから訪ねてきてくれたからな。この国でなら俺は言いたいことを言って問題ないから、つい熱くなってしまった」
「な、殴り込み、ですか……」
本気とも冗談とも取れぬ声色で話されて、アメリアは反応に困る。
「俺だけじゃないぞ? エンレットも同じようなことを言っていた」
「エンレットさんも知っているのですか!?」
「ああ。エンレットも君のことを心配していたからな。……レディエを外に出そうと説得しに行ったとき、過去とは言え、死にたいと思ったことがあると言ったそうだな? そのとき、エンレットはひどく君を心配していたんだ。だから、調査結果はエンレットにも共有した」
まさかエンレットにも伝わっているとは思わなかったアメリアは、少し気まずい顔をする。
アメリアは、家のことはこれまで誰にも話してこなかった。
半分は家の体面を守るため。もう半分は、自分の境遇を言ったところでどうせ誰も助けてくれないと諦めていたためだ。
だがそうは言いつつも、確かにレディエを説得する際には少々漏らしてしまっていた。けれど、その話がエンレットを通じてレイクロフトに伝わっているとは思っていなかったし、また、レイクロフトはレイクロフトで独自にアメリアの家庭環境を調べ、その結果をエンレットにも共有しているとは思わなかった。
つまり、レイクロフトとエンレットのどちらも、アメリアのことは知り尽くしているということ。
「……自分が弱くて……恥ずかしいです」
「違う、そうじゃない」
アメリアが死にたいと思ってしまった過去の自分をそう振り返るも、レイクロフトは否定した。
「アメリアは弱くないし、何も悪くない。責めるべきはあの母娘で、君は被害者だ」
「……いいえ」
ふるふる、と首を横に振るアメリア。
「私はウッドヴィル家の人間です。私があの二人を統制するべきだったのにできなかった。それどころか、一度は死んで楽になろうとしてしまったのです。私は…………ダメな人間です」
彼女の瞳が悲痛を訴えている。
今にも泣きそうな瞳を見つめると、棘で刺されるような感覚がして、こちらまで辛くなるほどに。
レイクロフトは立ち上がり、そっとアメリアの隣に座った。
そして、優しく彼女の肩を抱き寄せた。
「でも……生きてるじゃないか」
コツン、とアメリアの頭に自分の頭を当て、彼女の小さな肩をぎゅっと握り、その存在を確かめるようにして、レイクロフトは言う。
「アメリアは強いぞ。虐げられながらも生家を見捨てず、生きていてくれたんだから。……俺は、そんな君と出会えて良かったよ。ありがとう」
そんな優しい言葉をかけられては、溢れ出る涙を堰き止めることなどできない。
ブワッと目からこぼれた涙を両手で受けながら、アメリアは静かに泣いた。
レイクロフトはそれ以上は何も言わず、ただポンポン、と肩を叩き、涙で震える彼女を宥めていたのだった。




