32. 空気が読めない義妹は一喝される
レイクロフトの素性を知ったモリーの顔からは、一気に血の気が引いていく。
先ほどまで赤かったのに、今度は真っ青だ。
「……一体なんの冗談、」
「俺を平民か何かだと思って強気に出たのでしょうが、残念でしたね。……ああいや、一応義理の家族になるかと思って敬語を使っていたが、罪人には不要だな。誰か、この母娘を不敬罪で捕らえよ」
「!!」
そう言い放ったレイクロフトの声は、いつにも増して低かった。声に怒りが乗っているからだろう。
言われたことに驚いて、モリーたちはソファから立ち上がった。
「お、お待ちください! 私達はただ娘と話しに来たのです! 不敬罪だなんて……!」
「王宮まで突然押しかけてきて、無茶な謝罪を強要したのに? それでよく、『ただ話しに来ただけ』などと言えるな」
「誤解です! 先ほどの発言は躾の一環で……」
モリーは苦し紛れに反論する。
「母親として礼儀のなっていない娘を躾けるのは当然のこと。それにあなたのことも、隣国から来たため王とは知らなかったのです。どうか罪には……」
その場で膝を折り、必死に土下座するモリー。
隣にいたメイジーも、母に続いて仕方なく土下座する様子を見せている。
そんな二人の姿を見てもレイクロフトの気持ちは収まらない。
躾ねえ、と呟いて、モリーたちを睨みつける。
「礼儀がなっていない者が躾を語るとは、面白い」
面白いと言いつつ、顔は笑っていない。
「アメリアはこの国に来て王妃教育を受けているが、講師からは随分と優秀だと聞いている。基礎的な礼儀作法は完璧だとな」
「え……?」
言われたことに驚いてモリーは頭を上げる。
「王妃教育ですか……?」
「ああ」
「その子は、この国の要職に就いて王宮で働いているのではないのですか?」
「それは本当だ。その上で、王妃教育も受けてもらっている」
モリーたちには竜の通訳士のことや王妃にと求めていることを伝えていなかった。
アメリアの実家宛に、「アメリアはこちらの国で要職に就く。マクドネル伯爵の元には嫁がせられないから、借金の返済額分はこちらから渡す」という最低限のことだけを書いた手紙を送り、速やかに処理をしていたのだ。
まさか、自分たちが虐げていた相手がそんな立場にいるだなんて、予想もしていなかっただろう。
予想していたら、先ほどの強気な態度はできなかったはずだ。
「アメリアが王妃に……?」
モリーがボソボソと呟いていると、メイジーが右手を挙げながら口を挟んできた。
「あのー……」
「なんだ?」
「それってお義姉様じゃなくても良いですか?」
「は?」
メイジーの発言に、レイクロフトは目を丸くした。
「何が言いたい?」
「お義姉様って、暗いし、おどおどしてるし、いっつも俯いていて、人前に立たなければいけない王妃には向いていないと思うんです」
メイジーの発言はまるで空気を読めておらず、レイクロフトの眉尻がピクリと上がる。
アメリアを悪く言われれば苛立ちが募って当然だ。しかし、一旦そのまま最後まで用件を話させてみる。
「……それで?」
「ですから、お義姉様ではなく、私を王妃にしませんか?」
(え……!)
アメリアは驚き、心の中で声を上げた。
(メイジーったら何を考えて……)
「わざわざ不向きな人を任命しても、国民から反感を買うだけですわ。その点、私は社交性があります。それに自分で言うのは恥ずかしいですが、見た目も申し分ないかと。お義姉様よりよっぽど、上手くやる自信があります」
ふふん!と胸を張って自身を売り込んだメイジー。
それを見たモリーもすかさずメイジーの良いところを自慢してきたが、どんなに売り込まれてもレイクロフトの気持ちは揺るぐはずもなく。
むしろ、売り込まれれば売り込まれるほどに、彼の表情は嫌悪に満ちていった。
当然だ。
彼は、アメリアの家族のことはすでに調査済みなのだから。
「……メイジー、と言ったかな?」
「はい陛下!」
名前を呼ばれて嬉々として返事をしたメイジーだったが、その直後に彼女は地獄に落とされることになる。
「君には婚約者がいるのでは?」
「…………あー、気にしないでください。彼は私を想ってくれているので、私がこちらの王妃になると言えば、私の幸せを願う彼なら身を引いてくれるはずです」
一瞬間があったけれど、メイジーは笑顔で答えてみせた。
「それはつまり、君はその婚約者のことを想っていないということか?」
「……正直なところ、彼との日常には飽きてしまっていたのです。ですから、婚約解消はしようと思えば簡単ですし、問題もありませんわ」
(飽きた…………ですって……?)
アメリアはその場で呆然とした。
だってまだ、数ヶ月しか経っていないのだ。
アメリアが、婚約者だったオークリーをメイジーに奪われてから。
たった数ヶ月で、彼との婚約関係を解消するだなんてあってはならない。
オークリーがアメリアに対して婚約解消を言い渡したときにはあんなにも想い合っていたのに、二人の間で何かがあったのだろうか。
……あるいは、元々メイジーの気持ちはそんなに大きくなかったのか。
もはやオークリーへの未練などないが、それでも、当時突然婚約者を奪われたアメリアとしては、複雑な気持ちが湧く。
アメリアは俯き、みんなには見えないところで苦虫を噛み潰したような顔をしてしまう。
「どうでしょう? 悪くない話だと思うのですが」
「ええ。うちとしても、アメリアよりもメイジーを妃にしていただく方が安心です」
「…………そうか」
レイクロフトがそう返事をしたので、メイジーとモリーは承諾してくれるのかと少し目を輝かせた。
(陛下……)
アメリアも、またメイジーに自分の居場所を取られてしまうのかと、レイクロフトの顔を恐る恐る見上げる。
しかし、見上げると彼はアメリアに笑顔を見せてくれて、そんな心配は杞憂だと分かった。
「悪いが、俺は人のものを盗む奴らが大嫌いなんだ」
「はい?」
「お前たちはアメリアから、辺境伯令嬢としての立場を奪っただろう? それから婚約者のオークリー・コックスも。まあ、婚約者についてはそのおかげで俺がアメリアと結婚できるわけだから礼を言うが。
だが、お前たちがウッドヴィル家に巣食い、アメリアにしてきた仕打ち、彼女から奪った数々のものは、知れば知るほど腹が立つ」
「……へ、陛下?」
その顔は段々と怒りに満ち、彼の背中からは黒い靄のようなものが出てきているようにも見える。
メイジーが冷や汗を流しつつレイクロフトを呼ぶも、レイクロフトは最後まで止まらない。
「お前のような性悪女がこの国の王妃になるだなんて、考えただけで虫唾が走る。それに」
レイクロフトはアメリアの華奢な腰をグイッと引き寄せ言い放つ。
「お前の見た目など、アメリアの美貌の足元にも及ばん!」
「!?」
これにはアメリアも今までにないほど目を見開いて驚愕した。
(今なんて……!?)
「性格も見た目も何もかも劣るお前が、アメリアの代わりに王妃になどなれるわけがない。身の程をわきまえよ!」
……レイクロフトの一喝で、その場はシーンと静まり返ったのだった。




