31. 想定外の来訪者
その後、ヘレナが持ってきた選りすぐりのアクセサリーにも目を通した。ドレスの時同様、アメリアの視線が向いたものを耳や首元に当てながら、アメリアに合うアクセサリーを選んでいった。
結果、アクセサリーは少しばかり多めになった。レイクロフトが「どうしても」と譲らなかったからだ。仕方がないので、今回の目的であった彼の誕生日パーティー以外でも着けられそうなものならと妥協して、この日の買い物を済ませた。
ブティックを出てからは、喫茶店に入ってコーヒーを飲んだり、露店を見て歩き、そこで売られているパンやお菓子を買ったりと、すごく充実していた。
……しかし、楽しい時ほど、唐突に終わりの時間が来るもので。
『レイ』
ちょうど街の広場を通ろうとしたとき、バサッと大きく翼を羽ばたかせながらエンレットが目の前に降りてきた。
「エンレット? 何かあったか?」
『……』
地上に降り立ったエンレットにレイクロフトが尋ねるが、彼女は少し言い淀む。
街中の雑踏に紛れて聞こえなかったのかと思い、レイクロフトは再度声をかける。
「エンレット?」
『王宮にお客様が来たわ』
「客? そんな予定はなかったはずだが」
『ええ。宰相も寝耳に水だとぼやいていたわね』
ふむ、とレイクロフトが顎に手を当てて不思議がるも、予定がないと言う事実は間違っていなかったらしい。
「では、事前通達もなく謁見に来たやつがいるということか?」
『いいえレイ。謁見ではないわ』
「?」
『訪ねてきたのは……』
すると、エンレットの視線はアメリアに向けられ、告げられた。
『アメリアの母親と妹だそうよ』
「…………え」
アメリアは小さく声を漏らした。
継母と義妹がこの国に来ているだなんて。
その上、何の連絡もなく王宮を訪ねてきているだなんて、あり得ないことだ。
まだその姿を前にしたわけでもないのに、どこからともなく緊張感が湧き、体も硬直していく。
「アメリア、大丈夫か?」
「陛下……」
家族が来ていると聞いて、顔色が真っ青になってしまったアメリアを心配し、レイクロフトは優しく声を掛けた。
「顔色が悪いぞ。会いたくなければ別に無理して、」
「いいえ」
アメリアは、ふるふる、と力なく首を横に振る。
「お継母様とメイジーを待たせることはできません。……せっかく陛下がお時間割いてくれましたのに申し訳ありませんが、今日は帰らせてください」
「俺は構わないが……」
レイクロフトは何かを言いかけた。
でも、言いかけてやめた。
目の前のアメリアには何を言っても無駄なのだろうと思ったからだ。
はぁ、と小さくため息をついてから、エンレットを見上げて頼み事をする。
「俺とアメリアを王宮まで送ってくれ」
『勿論よ』
エンレットは体を伏せて、背中に二人を受け入れる姿勢を取った。
今日は鞍を着けてないので、レイクロフトがいつも以上にアメリアとの距離を近くし、彼女が落ちないようしっかりと両腕の中に抱き込む形で二人は乗った。
これが普段なら、アメリアは恥ずかしがったり遠慮したりしただろう。
しかしそんな反応を示す余裕もないくらいに、今彼女の頭の中は、約束もなしに隣国のルフェラまで自分を訪ねてきた継母と義妹のことでいっぱいだった。
***
王宮に到着すると、アメリアは一目散にモリーたちが待っている部屋へと向かった。
彼女たちは応接室に通してもらい、優雅にお茶を飲んで待っていたらしい。
「あ、やっときた!」
「まったく。私たちをどれだけ待たせるつもりなの?」
扉を開けると、開口一番怒られてしまった。
「も、申し訳ございませ、」
「約束もなく押しかけたのはそちらなのだから、多少待たされても仕方ないのでは?」
即座に頭を下げようとしたアメリアだったが、横から手が伸びてきて彼女の動きは止められた。それは言うまでもなく、レイクロフトだ。
エンレットから降りて、アメリアは一人でこの応接室に来たと思っていたが、その後ろを彼が追いかけて来ていたようだ。
「へ」
驚いて「陛下」と言いかけたアメリアに、レイクロフトは人差し指を立てて口元に当てながら「しーっ」と笑って言う。
(……名前を呼ぶなということ?)
意図は分からないけれど、とりあえずアメリアはそのまま口をつぐんだ。
その様子を、部屋の中央に座っていたソファから見ていたモリー。彼女はすぐしびれを切らし、レイクロフトに話しかけた。
「一体誰です?」
モリーはレイクロフトをかなり訝しげな目で見つめている。
無理もない。
今の彼の格好は、街へ出かけるための服装のままなので平民に見えて、到底、彼がこの国の王だとは思えないはず。そのくせ初対面で苦言を呈されたとなれば、モリーは黙っていられない。
アメリアがこの国で作った友達か何かだと思ったのだろう。モリーは強気で反論してきた。
「これは我が家の問題ですから部外者は口出し無用ですよ」
(ま、まずいわ……。そんな言葉遣い、陛下に失礼よ)
アメリアはおろおろとレイクロフトを見上げるが、彼は飄々と笑ったままだった。
「俺は今日アメリアと一緒に街に出掛けていたんです。あなた方が約束もなく訪れたせいで、急いで戻る羽目になったんですよ? 謝罪はそちらからなさるべきです」
「は?」
モリーは鬼のような形相で、レイクロフトを睨み付けた。
しかも「は?」だなんて、王様に向かってきいていい口ではない。
「なぜ私たちがアメリアなんかに謝罪を? むしろここまで足を運んだことに感謝してほしいくらいよ」
「アメリア。彼女たちに来てほしいと頼んだのか?」
「え……と、いいえ」
「アメリアは頼んでいないそうです。勝手に来ておいて感謝せよとは随分と身勝手な言い分ですね」
「なっ……!」
レイクロフトはアメリアに事実確認をした上で、モリーたちに言い返した。
するとモリーの顔は赤く染まった。彼女はガチャンと目の前のテーブルを叩いて、怒りを爆発させた。
「これは私たち家族の問題だと言ったでしょう! いいからもう部外者は早く退室して、」
「ああ、申し遅れました」
アメリアは怯んでしまうほど怒っているモリーを見ても尚、飄々としているレイクロフトは、彼女の言葉を遮って伝える。
「俺の名前はレイクロフト・ウェルズリー。この国の王です」
ニヤリ、と右の口角を上げて笑った彼の顔は、いかにも確信犯の表情をしていた。




