3. 借金の肩代わりで嫁がされる
突如自分が知らない人と結婚すること。それから、明日にはこの家を出なければいけないことを聞かされたアメリアは、沈んだ表情で部屋に戻った。
久々に父と食卓を囲めると思い多少浮いていた気持ちが、一瞬で底まで沈められてしまったのだ。
ベッドに腰かけて、ボーッと床を眺めてしまうアメリア。口からはため息がこぼれている。
そこへ、部屋の扉がノックされてメイジーが入ってきた。
「めんどくさいけど持ってきてあげましたよ」
恩着せがましく言いながら、メイジーが後ろに立つ侍女に視線で合図すると、侍女は一歩前に出てきて床に服を放り投げた。
「これって……」
「どうせもう処分するつもりだったものですけど、お義姉様にはこれで十分ですよね? むしろこれでも、派手に見えてお義姉様には似合わないかもしれませんが」
くすっとアメリアを見下しながら笑うメイジー。
床に散らばった服は、メイジーにとっては地味だったり、流行遅れなのかもしれない。しかし、継ぎはぎばかりの服しか持っていないアメリアにとってはどれも綺麗なものばかり。
「……ありがとう。大切に着させてもらうわ」
メイジーから見下されるのなんて慣れている。そんなことより、洋服をくれたことがありがたかった。だからアメリアはにこっと笑ってそう答えたのだが、メイジーは怪訝そうな顔を浮かべる。
「……マクドネル伯爵について教えてあげましょうか?」
「何か知っているの?」
「ええ勿論。社交界では有名人ですから」
アメリアとは違い、たくさんのパーティやお茶会に招待されているメイジーは、いろんな人からいろんな情報を得られている。
そのメイジー曰く、マクドネル伯爵は隣国の貴族でありながら有名人だという。
しかしその口ぶりは、冷め切っていた。
それもそのはず。
伯爵が有名な理由は……。
「マクドネル伯爵は、成金貴族でそのお金持ち度がずば抜けているんですよ。まあだから、裏で違法な取り引きでもしているんじゃないかってもっぱらの噂です」
「え?」
「ああそれと。見た目はハゲ・デブ・ブサイクのとっても残念な容姿をしていて、性格もあまり良くないらしいですよ? お金に物を言わせて好き放題なんですって」
メイジーの口から出てくる伯爵の話はどれも残念なものばかり。それが真実かは分からないが、隣国のこちらでそんな悪評が広まっている人では、嫁ぐのが不安になって当然である。
しかし、メイジーの言葉はまだ止まらない。
「あ、まさかお義姉様。お父様やお母様が良い縁談を取ってきてくれた! ……なんて思ってませんよね?」
「……どういうこと?」
「やっぱり! お義姉様は気づいてらっしゃらないのですね? このまま嫁ぐのは可哀想なので教えてあげますけど、実は、お義姉様は借金の肩代わりとして売られるんですよ」
「……え?」
にっこり笑顔でメイジーから教えられたことに、アメリアは目を丸くして驚きを隠せない。
「借金? うちにそんなものは……」
「知らなかったのはお義姉様くらいですよ」
メイジーはケロッとしている。
(私だけ、知らなかった……? しかも、私が……売られる?)
「まあお義姉様って今まで家のために何もしてこなかったですし、最後くらい役に立てて良かったですよね」
ひどい言い草だが、言い返せない。
確かに今まで、何の役にも立っていなかっただろう。
部屋に引きこもって、社交界にも出れていなかったのだから。
そんな娘が政略結婚によって家計の助けになるのなら、きっと最高の親孝行になるはずだ。
(そう思えば私の人生なんて……)
「…………ええ、そうね。教えてくれてありがとうメイジー」
「いえいえ。お元気で、お義姉様」
「……あなたも、体には気をつけて」
うっすらとだけ笑って見せるアメリアと、満面の笑みを浮かべるメイジー。
姉妹の会話はこれが最後となった。
***
翌日、昼前だというのに外は真っ暗だった。
門出の日には相応しくない、あいにくの雨模様。
空に厚く覆いかぶさった灰色の雲は、三十分ほど前からまるでバケツの水をひっくり返したかのように土砂降りの雨を降らせている。
そんな外の様子を、アメリアは部屋の中からじっと見つめていた。
「そろそろ出発ね」
窓から下に視線を落とせば、邸宅の玄関先に馬車が到着したのが見えた。あれは、これからアメリアが乗る馬車に違いない。
アメリアはくるっと後ろを振り向き荷物を持った。荷物は、昨夜メイジーからもらった服も含めて最低限の物だけ詰め込んだトランクケースを一つだけ。
彼女の荷物を代わりに運んでくれるような使用人もいないため、アメリア自らがトランクケースを持って玄関に向かうのだ。
玄関に到着すると、執事が一人だけ立っていた。
「……? お父様はまだ来ていないのかしら?」
父親の姿が見当たらず、キョロキョロと見渡してから尋ねた。父親だけでなく、そこにはモリーやメイジーの姿もない。
「旦那様は急用で出掛けられました」
「え……!?」
トランクケースを握る手に力が入った。
最後に一言、別れの挨拶は交わせるだろうと思っていた父が、もうここにいない?
急用なら仕方ない。
けれど最後なのだから、せめて出発される前に声を掛けてくれても良かったのに……。
「お父様はいつお戻りになるのかしら? 少しくらいなら待っても、」
「いけません」
少しぐらいなら帰りを待っていようかと思ったアメリアだったが、突然現れたモリーによって封じられた。
「言ったはずですよ。先方はすぐにでもあなたを迎えたがっていると。こちらの都合で到着が遅れるなんてあってはなりません」
「ですが……。お父様と最後にきちんとお別れを……」
父親へ別れも言えずにこの家を出るだなんて、考えただけで心が不安と哀しさでいっぱいになる。少し待てば会えるなら、待ちたい。
アメリアはそう懇願したが、モリーはそれを良しとしなかった。
「旦那様は今王都に向かっているので、当分帰ってきません。待っても無駄ですから、早く出発しなさい」
「王都に……?」
王都との往復はかなり時間がかかる。
それを聞いては、さすがのアメリアも父の帰りを待ちたいと言えず、このまま出ることを受け入れるしかなかった。
「分かりました。……では、出発しようと思います」
「ええ、さっさとお行き」
モリーはアメリアを冷めた目で見つめて、半ば強引に邸宅から追い出したのだった。