27. わだかまりを解き、万事解決する
アメリアの読み通り、レディエは巣穴の奥にいた。ただじっとそこに座っているところに、声を掛ける。
「レディエさん。マノさんをお連れしました」
『マノ……?』
レディエの耳がピクリと動いた。
その名前に無意識に反応してしまったようだ。
しかし、レディエが顔を上げても、目の前にいるのはアメリアと、見知らぬ女性の二人だけ。
レディエから確認できるよう、アメリアが手に持っている松明をマリアーナの方に近づけてマリアーナの顔を照らしてみるも、マリアーナは俯いてしまっている。
それでもレディエには何か感じるものがあったのだろうか。恐る恐るというような感じでレディエは確認してきた。
『…………マノ、なの?』
マリアーナに向かって放たれた言葉は、アメリアがすかさず通訳していく。
「レディエさんが『マノなの?』と聞いています」
自分に気づいてくれたことに驚いて、マリアーナはうつむいたまま目を見開いていた。それから少しずつ顔を上げて、レディエに顔を見せる。
「……うん。マノだよ」
複雑な感情のマリアーナは顔をぐっと顰めながら、レディエに素性を明かした。
『…………女性だったのね?』
視線はマリアーナの着てる服や髪の毛に向かっている。
「『女性だったのね』と」
「……うん」
マリアーナはただこくりと頷く。
意外にもレディエは冷静な反応を示す。
『全然気づかなかった。まあ線は細いと思ったけど男性にしか見えなかったのに、その姿だと紛れもなく女性だわ。……なら、契約を結んでくれなかったのはそれが原因だったの? わたしを嫌いなわけじゃない?』
「『前は男性にしか見えなかったけど、今の姿は女性に見える。契約を結んでくれなかったのはそれが原因? わたしを嫌いなわけじゃない?』」
「うん、もちろん。ただ私が、あなたを騙してしまったから……。本当のことを言ってあなたを悲しませたり、あなたに嫌われることが怖くなってそれで逃げただけ……。好きじゃないなんて嘘までついて、ごめんなさい。本当に……ごめんなさい」
レディエに聞かれ、マリアーナは必死で否定した。そして、深く頭を下げて謝罪もする。
『そう……』
自分が振られた本当の理由を知って、レディエは何を思っただろうか。
巣穴の中が暗いせいもあるが、顔や様子は鮮明には見えず、何も分からない状況だ。
けれど、マリアーナは言葉を続けた。
「本当はね、あなたと友達になりたかったの。あなたと一緒にいるといつも楽しくて、笑顔になれた。……でも私が女だと知ったら、あなたを傷つけてしまいもう二度と会えなくなる気がして。だったらまだ、勘違いされたまま離れたほうが良いと思ったの。いつになるかは分からないけど、時間を置けばあなたの熱は冷めるだろうし、その時には本当のことを打ち明けても大丈夫かなって……。その時まで待つつもりだったの。あなたが引きこもってしまうほど思い詰めてしまうだなんて考えもしなかった」
『あれはもう良いのよ。わたしも意地になってただけだから』
「『わたしも意地になってただけだからもう良い』と……」
「でも…………」
どちらも何も言えなくなり、その場に沈黙の時が流れる。
アメリアは双方の顔色を窺い、少しだけ口を挟むことにした。
「……レディエさんは、マノさんが女性と知ってどう思われましたか?」
マリアーナからはたくさん説明があったけれど、レディエはまだ、自分の気持ちを口にしていなかった。だから思い切って、アメリアから聞いてみた。
『わたしは別に……』
「怒ったり、傷ついたりしてますか?」
『……そんなことは思ってないわ。少し、戸惑ってはいるけど』
それを聞いたアメリアは、安心してマリアーナへ通訳する。
「レディエさんは怒っても傷ついてもいないそうです。少しだけ戸惑っているそうですが」
「本当ですか? でも私、騙してしまったのに……」
『騙されたなんてそんなまさか。……勝手に勘違いしたのはわたしだわ。そのせいであなたを悩ませてしまったのね』
ギャアオと鳴かれて、マリアーナはレディエの方を見た。
言葉は分からないはず。
でも、レディエの言いたいことがなんとなく分かったようだ。
アメリアが通訳する前に、マリアーナは前進し、レディエに近寄った。
「…………許して、くれるの?」
『許すも何も、こっちこそ悪かったと思ってるわ』
「…………ありがとう」
『ふふ。女性のマノって何だか不思議。こうやって見ると男になんて見えないのに、勘違いしちゃって恥ずかしいわ』
「…………あなたに会った時の私はすっぴんだったもの。それに男と思われてると思って口調もわざと男らしくしていたし、勘違いしても仕方ないと思うわ」
言葉は分からない。
それでもなぜか、レディエとマリアーナの会話は成立していた。
(すごい……。きっとこれが、パートナーというものなのね……)
後方から見守っていたアメリアは、二人のやり取りを見て感服していた。
マリアーナにはレディエの言葉が分からないはずなのに、彼女の言いたいことを理解して問題なく会話ができるだなんて、普通の間柄では有り得ないことだ。
「……ねえ。レディエ……と呼んでもいいかしら?」
『ええ』
「レディエさえ良ければ、私と主従契約を結んでくれる?」
『! ……ええ! 喜んで!』
レディエはバッと立ち上がり、ギャウギャウと目いっぱい喜びを露わにしている。
その姿はマリアーナにとっても、「諾」と返事をしてくれていることが目に見えて分かっただろう。
レディエは笑顔で頭をマリアーナの元へ下げ、マリアーナはレディエの頬に手を添えて優しく撫でた。
「ありがとうレディエ」
『こちらこそよ』
すると、レディエは自身の喉元のあるものに手をやった。
鱗に覆われた体で、その一点だけ逆さに生えた鱗。
────竜の逆鱗だ。
レディエはその手で逆鱗を割り、割った一欠片をマリアーナに差し出した。
マリアーナはそれを両手で受け取り、そして、ゆっくりと口に含む。
マリアーナの喉元がごくりと動いた。
逆鱗は彼女の口から入りすぐに体内に吸収されたようだ。吸収された瞬間、マリアーナの体がパァッと光ったのが合図だろう。その光は、仄暗い巣穴を白く照らすほどに明るかったが瞬きをした次の瞬間には消えてしまっていた。
目も瞑ってしまうほどの発光は、きっと二人の主従契約が無事に結ばれた証。
「……これからはパートナーとして、よろしくねレディエ」
『ええ、こちらこそ』
「あなたの声って言葉で聞くとそんな感じだったのね。おかしな感じ」
契約が結ばれた直後、初めて言葉としてレディエの声を聞けたマリアーナは感慨深げな顔をしていた。
そして二人は、幸せそうな表情でしばし互いを見つめ合っていたのだった。
……その後、全員で揃って巣穴から外に出ると、レイクロフトとエンレットが心配そうな顔で待ち構えていた。
ここへはアメリアとマリアーナだけで来ていたけれど、やはり心配になり、レイクロフトたちも後から駆けつけてくれていたようだ。
しかし彼らの心配は、レディエの喉元を見て杞憂だったと分かっただろう。
「陛下? いらしてたんですね」
「ああ、やはり気になってな。……主従契約を結べたんだな?」
「はい。無事に」
「儀式を間近で見てどうだった? 感想は?」
彼はその結果に笑みをこぼしつつ、興味本位でアメリアに尋ねた。
たしかに、アメリアにとって主従契約の儀式は初めて見る出来事だ。
あの光景は、座学で教えられていたものより何倍も神聖で、なんて表現するのが相応しいのか難しいほど。
「そうですね。なんというか……見ているこちらまで幸せになれるような、そんな気持ちになりました」
「そうか」
『ありがとうアメリア。あなたのおかげで無事解決ね』
「ああそうだな。ありがとう。……今後もこのようなことがあれば、通訳を頼んでも良いだろうか?」
通訳士として今後もやっていけそうか聞かれ、アメリアは胸を張って答える。
「……はい、もちろん。私は竜の通訳士ですから」
こうしてアメリアは、通訳士としての初仕事を無事終えられた。
きっと彼女の人生において、こんなにも幸福感や達成感が心いっぱいに溢れた一日は初めてだっただろう────。
これにて第一章完結となります!
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
また、今日までは毎日更新してきましたが、
第二章の更新開始には少しお時間いただきます>_<
次回更新まで楽しみに待っていていただけると嬉しいです!!
面白い、続きが気になると思われた方は、ぜひ下にある【☆☆☆☆☆】評価&ブックマークで応援していただけると嬉しいです(*^^*)




