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竜の通訳士になりました。 〜義妹に婚約者を奪われ隣国に追いやられたのですが、竜王に気に入られて求婚されています〜  作者: 香月深亜
第一章

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26. 緊張と不安に立ち向かう

 マノへの接触に成功したことは、翌日エンレットからレディエに伝えてもらった。


 それを聞いたレディエは、一瞬喜びかけたのに、すぐ不安そうな顔をしていたらしい。

 マノの本心を知るのが怖くなったのだろうとエンレットは言っていた。



──そして、不安そうな顔をしているのはこちらも同じ。


「……緊張されていますか?」


 今は、竜の谷に向かっている馬車の中だ。アメリアとマリアーナは膝を突き合わせて座っている。

 ガタゴトと馬車が揺れる中、マリアーナの表情はずっと浮かない。膝の上で重ねている手も少し震えていたので、見かねたアメリアはそっと声を掛けてみた。


「あ。すみません私ったら暗く……」

「いえ、謝ることはありません。ただもし緊張されているのなら、お話でもして少しでも緊張を解せたらと思っただけでして」


 アメリアに話しかけられて咄嗟に謝罪したマリアーナだったが、アメリアは謝る必要はないと伝える。


「……レディエさんも、きっと最初は戸惑うと思います。でも、マノさんはマノさんで、中身の部分は変わらないと知れば、きっと分かってくれるはずです」

「でも彼女は私を男だと思っていて……。女の私を見てなんて言うか……」


 今日のマリアーナは、マノではなくマリアーナの姿でやって来ていた。つまり、貴族令嬢の格好ということだ。


 そばかす顔の純朴そうな青年ではなく、しっかりと頭の先から爪先まで美しく着飾った女性。


 これが同一人物だと言われて、果たしてレディエは理解できるのかどうか……。


「悪気はなかったのですから、その点もしっかりと説明しましょう。レディエさんを傷つけたくなかったと、その理由を知ればあなたを責めはしないはずです」

「……そうだと良いのですが、それでもやっぱり…………」


(不安なものは不安、と言ったところでしょうか)


 口をつぐまれてしまい出てこなかったその先は、アメリアが頭の中で予想する。

 そしてポソッと呟いた。



「……お互い、好きだからこそ不安になるんでしょうね」



 嫌われたくなくて不安になるのは、お互いへの思いがあってこそだ。

 マリアーナ側の気持ちもレディエ側の気持ちも知っているアメリアだからこそ、ただ二人の様子がもどかしくて、つい口をついて出してしまった。



「? 今何か?」


 自分のことで頭がいっぱいのマリアーナには、アメリアの呟きは聞こえていなかった。


「いえ。何でもありません」


 アメリアは首を横に振り、あえてそれを彼女に伝えることはしなかった。

 そして視線を窓の外に移し、話題を変えた。


「もうすぐ竜の谷に到着しますね」

「は、はい……」


 目的地はすぐそこだ。

 それを聞いて、マリアーナは膝の上で拳をぎゅっと握った。



***


『アメリア! おはよう!』

「おはようございます、ウラさん。またお出迎えに来てくれたんですか?」

『うん!』


 竜の谷の入り口に馬車を停め、アメリアが先に馬車から降りると、白い子竜のウラが笑顔で出迎えてくれた。


 ウラはアメリアにとても懐いており、アメリアが谷に来るといの一番に出迎えに来てくれるのだ。

 いつもひまわりのような明るい笑顔で出迎えてくれるので、アメリアにも笑顔が伝染する。


「ふふ。ありがとうごさいます」

『今日は何の用事?』

「今日はレディエさんに会わせたい人がいて連れて来たんです」

『?』


 アメリアが後ろを振り向くと、ちょうどマリアーナが馬車から降りてくるところだった。


『あの人? だれ?』


 マリアーナを見たウラは首を傾げている。

 彼女がここに来るのは初めてだから、しょうがない。


「彼女は……レディエさんのお友達よ」

『え! ってことはもしかしてけいやくを、』

「それはまだ分からないわ。でも、そうなったら嬉しいわね」

『えー! いいなあいいなあ!』

「しーっ。まだどうなるか分からないから、誰にも言っちゃダメよ?」

『むぐ。わ、わかった』


 純粋無垢なウラだから、無意識に誰かに話してしまうことを懸念して、念のためアメリアは釘を刺しておく。

 ウラは短い両前足で口を塞いで、絶対に言わないと約束した。


「いい子ね。じゃあまた後で」

『うん!』


 ニコッと笑顔を放ったウラは、アメリアに手を振り返して颯爽と巣穴に戻って行った。



「アメリアさん……。本当に竜の言葉が分かるんですね」


 ウラがいなくなったところで、マリアーナから声をかけられた。

 レディエとの会話を通訳すると伝えてはいたものの、実際に竜と話す姿を見るとやはり驚きがあるようだ。

 マリアーナはぽかんとして、目の前で見てもなお、まだ信じられないと言わんばかりの顔をしている。


「はい。あの子……ウラは私にすごく懐いてくれていて。まだ子供なこともあって、一つ一つの行動が可愛いんですよ」

「それは遠くから見てても分かりました。竜も人も、子供時代は変わらず可愛いものですよね」

「ええ、本当に。私の場合、子竜に限らず竜たちといると癒されます」


 目を細めて微笑むアメリアは、竜たちの癒し効果を反芻していた。子竜ならまだしも大人の大きな竜でも一緒にいると癒されると表せるのは、言葉の分かるアメリアだからだろう。


「……そ、そうなんですね。ところで彼女はどちらに?」


 あまりにも多くの竜を目の前にして若干怖気付いているマリアーナは、アメリアの気持ちがすぐには理解できず、少し戸惑いながら適当に受け流す。

 それからきょろきょろと辺りを見渡してレディエの姿を探すも、どこにも見当たらないようだ。


 アメリアも軽く見渡してみて近くにはいないことを確認し、とある場所にいるだろうと推測した。


「レディエさんは……多分巣穴でしょうか?」

「巣穴?」

「はい。あちらがレディエさんの巣穴です。あの奥で、きっとマリアーナさんのことを待っていると思います」


 アメリアはスッと人差し指で真っ直ぐに目当ての巣穴を指した。

 以前レディエが引きこもっていた場所で、初めて竜の谷に来た日に入った穴だから記憶は鮮明。間違いはない。


「では行きま、」


 行きましょう、と言いかけたところで、アメリアはマリアーナの異変に気づいた。

 彼女の顔は真っ青で、その足は一歩も出ていない。まるで足が地面にぴたりと張り付き、剥がれない様子だ。


「マリアーナさん?」

「あ……えと……」


 どんなに覚悟してもしきれない。

 一旦は覚悟を決めて馬車を降りただろうに、それでもまだ先に進むとなって、改めて足がすくんでしまったのだろう。


 彼女の気持ちを察したアメリアは、急かすことなくただじっと待つことにした。


「大丈夫ですよ、マリアーナさん。無理はしなくて良いんです。自分のペースで行きましょう」


 そう言って優しく微笑むアメリアはまるで聖母のようだった。

 マリアーナはアメリアの優しさに感動しながら、なんとか一歩目を踏み出した。それからゆっくりと、それでもしっかりと一歩ずつ、巣穴まで向かったのだった。

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