25. マノの秘密を知る
アメリアとレイクロフトは応接室に通され、その後すぐ、オルセン男爵の娘がやって来た。
「お待たせいたしました。オルセンの娘、マリアーナ・オルセンが……陛下方にご挨拶いたします」
マリアーナは、一瞬アメリアへの対応を迷いながらも「陛下方」と無難にまとめてカーテシーをした。
「いや。こちらこそ突然訪問してすまない。そちらに掛けてくれ」
レイクロフトはマリアーナに向かいのソファに座るよう促した。マリアーナは言われるままにソファに腰を下ろす。
(栗色の髪……)
アメリアは目の前に座ったマリアーナを見て、そんなことを思った。
現在アメリアたちが探している「マノ」も、栗色の髪と聞いている。
(あ、もしかしてこの方はマノさんのご兄妹?)
栗色の髪の毛なんてごまんといる。
それでも、マノが見つかったこのタイミングで、マノとは全く関係のない人に会いに来るわけがない。
であれば、マノの兄妹なのかと考えるのは至極当然であった。
(でもどうしてご兄妹を呼んだのかしら? 本人を呼べばいいのに……)
ふと、アメリアがそんな考えに至ったところで、レイクロフトの口から衝撃的な事実が出てきた。
「さて、オルセン嬢。いや……ここでは“マノ”と呼ぶべきかな?」
「「!?」」
その発言に、アメリアとマリアーナの二人はどちらも両目を見開き、驚いた顔をする。
「俺たちは赤茶色の竜、レディエと話してここに来た。彼女からは“栗色の髪のそばかすの青年”と聞いていたんだが……見つからないわけだな。まさかマノが女性だったとは」
レイクロフトの顔は自信に満ちていて、憶測で話しているわけではないのだと分かる。
そうなると、言い逃れはできない。マリアーナはすぐにそう判断した。
「……申し訳、ございません」
マリアーナはアメリアたちに頭を下げた。
そしてゆっくりと上げられた顔は、ぎゅうっと眉間に皺が寄り、とても悲痛そうだ。そんな顔で、マリアーナは続ける。
「私は竜を……騙しました」
(本当にこの女性が……マノさんなの……?)
当人が認めたのだからそうなのだろうけど、にわかには信じ難い。
アメリアは驚きで声が出ず、ただマジマジとマリアーナを見つめた。
目の前のこの人は、どう見ても女性にしか見えないのに。
「……あの一軒家は、亡くなった祖母が暮らしていた家なんです。ある日父が売りに出そうとしていたので、私が欲しいとお願いをして、自分で管理をすることを条件に貰い受け、時々、訪ねていました。あそこには祖母と過ごした思い出があるので、あの場所を守りたいって思いが強くて」
「なぜ男装をしていたのだ?」
「いえ。男装はしていません。ただ……ほとんど掃除をしに行くのが目的だったので、動きやすい服装で、髪も邪魔になるので帽子の中に隠して、それから、どうせ汗もかくので化粧をせずすっぴんで…………という残念な格好はしていました。貴族子女としてはありえない格好ですが、森の奥の一軒家に行くだけですし、人目にも付かないので問題ないだろうと思い……」
マリアーナはすごく居た堪れなそうだ。
貴族令嬢らしからぬ格好をしていたという恥ずかしさがあるのだろう。
しかもそれで、男装したわけではないのに「男と思われていた」となれば、恥ずかしさはさらに増す。
「なるほど。その格好でレディエに会った結果か」
「……はい。私はこの通り声も低めなので、彼女は私のことを男だと勘違いしてしまったようで……」
「なぜすぐに女だと明かさなかったのだ?」
マリアーナの話を聞きながら、レイクロフトは質問を重ねる。
「それを話していたら、レディエがあんなに思い詰めることもなかったかもしれないのだぞ?」
「!?」
レイクロフトの一言を聞き、マリアーナは思わず立ち上がり聞き返した。
「彼女に何かあったのですか!?」
アメリアとレイクロフトは突然立ち上がったマリアーナを見上げ、それから互いに見つめ合いフッと笑みをこぼした。
「なっ、何を笑って、」
「安心しろ。今は何ともない」
「はい。少し前までは、お食事も取らずに巣穴に引きこもっていたのですが、今はもう穴から出てすっかり回復されています」
まずはマリアーナを安心させた。
レディエはもう心配いらない。
二人が笑った理由は……。
「すみません。マリアーナさんもレディエさんのことを慕ってくれているのだと分かり、ホッとしたんです」
「ああ。今日ここに来たのは、マノの真意を確かめるためだ。レディエのことが嫌いなのか、そうじゃないのかな。聞くまでもなく確認できて、つい嬉しくて笑ってしまった」
「なっ……え……」
アメリアとレイクロフトから言われたことでマリアーナは冷静に戻り、何も言わずにストンとソファに座り直した。
マリアーナはフーッと深く呼吸をして自分を落ち着かせ、改めてレイクロフトの質問に答えた。
「…………もし彼女がこのことを知ったら、悲しむと思ったんです。彼女は本気で私を好きになっているように感じていました。言葉は分かりませんが、彼女の目がそう、物語っていて。だからこそ、日が経てば経つほど明かすことが怖くなったんです。女だと知られたら、騙していたと思われ、嫌われてしまうかもって……怖くて……」
マリアーナもレディエが好きだった。
レディエから向けられていた恋愛感情とは違うだろうが、好きなことには変わりない。
友人……いやそれよりも強い、親友に近い感情だったのだろう。
深く繋がりを持っていたいと思うのが親友だ。
他の誰よりも嫌われたくないとも思うもの。
マリアーナの言い分は、少なからず理解できる内容だった。
「でも結局、自分のことしか考えられていませんでした。彼女がそんなことをしてしまうくらいなら、話すべきだったと思います。……今更ですが」
「今更だなんてことありませんよ」
後悔でいっぱいの表情をしたマリアーナに対して、アメリアは優しく諭す。
「今日私たちが来たのは、なぜあなたが自分を受け入れてくれなかったのかと、レディエさんが今でも悩んでいるからです。今からでも、レディエさんに本当のことを話してくれませんか? そうしたらきっと、レディエさんもマリアーナさんも、胸のつかえが取れると思います」
「……許してもらえるでしょうか?」
「…………許してもらえるように、頑張りましょう。私が、レディエさんの言葉をしっかり通訳しますので」
レディエが許すかどうかは分からないので、アメリアの口から大丈夫とは言えなかった。
でも代わりに、アメリアは自分に出来ることをすると言った。
「通訳……?」
「これは他言無用だが、ここにいるアメリアは全ての竜の言葉が分かるのだ。レディエと仲直りする際は通訳士として頼ると良い」
「はい。お任せください」
アメリアがしっかりと頷いたのを見て、マリアーナも覚悟を決めてくれた。
そうしてこの日は終わった。
アメリアたちは日を改めて、レディエの元を訪ねることになったのだった。




